中高年になって感じる「若い頃に持っていたもの」

 中高年になると無くなるもの

いつの間にか失ってしまったと感じるのは、ほとんど全ての若い人が持っている「純粋さ」でしょう。

では「純粋さとは何か?」になるのですが、こみちは「疑わないこと」だと思います。

つまり、「先ずは受け入れてみる」というスタイルを持つことです。

なぜ、高齢者は騙されてしまうのか?

例えば、オレオレ詐欺って社会問題になっていますよね。

なぜ、高齢者が騙されてしまうのでしょうか。

思うに、「100%信じてしまった」というよりも、「1%かもしれないが、信じないと大変なことになってしまう」からでしょう。

つまり、絶対に騙されたくないなら、社会と断絶した生活を送るしかありません。

逆に、自身が社会と交わる時、数パーセントかもしれませんが、不利や納得できないことも渋々だったとしても受け入れることで、他の大切なものも受け取って行きます。

少しずつ傷つきながら、それと引き換えに成長していきます。

ある意味、学校で教えてくれる勉強は、ほとんどが100%正解です。

いつでも、どこであったとしても、少しも揺るぎない「真実」だけを教えてくれます。

だからこそ、言い方を変えれば、生徒や学生は先生の授業を正しいと思って学ぶことができます。

一方で社会に出るとどんなことが起こるでしょうか。

ものすごく端的に言ってしまうと、自身の努力と社会からの評価は比例しません。

つまり、頑張れば報われるというものではなく、もっと別の要素が影響していることに気付かされます。

大人の世界とは?

例えば、会社の経営コンサルの人が考えることは、社内の派閥やしがらみではなく、理想的な組織作りにどう移行されられるのかでしょう。

業績が伸び悩んでいる企業ほど、不適切なルールや社風が蔓延しています。

会社にとっても従業員にとっても、どちらもが望むべき方向に進むことが、ある意味では学校ではできていたのに、社会ではできなくなってしまうのです。

それは、学校が誰のためにあるのでしょう。

一方で、会社とはどんな場所でしょうか。

そんな風に考えると、学生時代の価値観も社会人になると変わって当然ですし、変わらないままでは息苦しくなるはずです。

少なくとも、大人になると「学生時代に勉強しておけば良かった」と思います。

それは、学んだことが確実に評価される学生時代とは異なり、社会生活は複雑で気を使います。

社会では、自分一人だけ頑張った時に「よく頑張るね」と言ってくれる人もいますが、「ごますりしているの!?」と予想だにしない言葉を投げ掛けてくる人もいます。

正しいと思うことを会議で発言した時に、隣の席で意味深な咳をするのも、学生時代にはなかったことでしょう。

自ずと、社会人になれば、どんどん推進力が失われ、横並びの歩調を合わせた協調性が求められます。

何より、自分よりも仕事で成果を出していない同僚が、いきなり役員に抜擢されることも珍しい話ではありません。

今までなら同僚の意見として軽く聞き流せていたことも、役員となってしまうと軽視することはできません。

時には相手の話が少し本質から離れていたとしても、頭ごなしに取り合わないような態度はご法度で、ある程度は汲み取った流れも必要になります。

つまりはそれだけ、ロスも生まれるのです。

上司からのウケがわるければ、人事異動で見知らぬ土地に飛ばされてしまうということも起こります。

しかし、会えば「赴任先は自然も豊富で暮らしやすいところだろう?」と、なんて答えていいのか困るようなことを言ってきたりします。

希望した仕事でもなければ、縁もゆかりもない土地で働くことになったのですから、飛ばされた人はきっと「左遷」と感じるでしょう。

それこそ、純粋な能力だけでは説明できないことが社会では当たり前のように起こります。

そんな大人の世界を避けるなら、自身で起業でもするしかありません。

しかし、よほどの運や才能がなければ、立ち上げたビジネスを軌道に乗せるまでは、多くの人から援助を受けることになります。

つまり、どこかで相手を信用し、少しくらい疑わしくても受け入れる気構えは必要です。

安全な場所にいるだけでは…

純粋に思える若者も、就活を経験し社会人へと変貌していきます。

もしかすると、たった一年でも学生時代は純粋に楽しかったと思うかもしれません。

5月病と呼ばれる、入社してひと月が経過した頃に来る大型連休で、気持ちが切れて、退職してしまう人もいます。

やはり、学生時代の底抜けの自由さは、社会人には無いからでしょう。

しかし、中高年になって分かったのは、どんな方法やルートを選ぼうとも、必ず通過しなければいけないチェックポイントのような場所があって、そこに向かない限り「次」も待ってくれません。

ドロップアウトしても、いつかはどんな形になっても、「今は身を委ねるしかない」というような場面が来ます。

例えば、アルバイトを始める時にも、時給や職種は選べても、職場の雰囲気や既に働いているスタッフの人柄までは働いてみないと分かりません。

それこそ、「身を委ねる」ことで前に進むことができます。

正社員になれば、勤務地さえも会社の指示で決まり、そのために引っ越しをすることも珍しくありません。

また、職種に関しても、人事から指示されるので、希望通りとは言えません。

そこまで「身を委ねる」のが正社員であり、だからこそ会社が無期雇用してくれる人材です。

自身が納得した安全な場所に居続ける限り、それだけ自力で解決しなければいけません。

しかも中高年になると「身を委ねたい」と持ちかけても、会社から断られてしまい、パート雇用になってしまうのです。

つまり、早い段階で職種や勤務地にこだわらないことができた人ほど、安定した雇用が得られます。

転勤族で、全国各地を転々と引っ越して来た人を知っていますが、中高年になって自腹で全国を仕事探しに行くのは大変なことで、その人も言っていましたが「今になれば、いい経験だった」そうです。

中高年になってしまうと、望んでもできませんから。