ある利用者の言葉にハッと気付かされたこととは…
その利用者は、こみちの記憶が正しければ、施設に入所されてまだ一年は経過していません。
ここ数ヶ月で認知機能の低下に基づく症状ではないかと思われることも多くなり、少し心配していた状況でした。
当然、他の介護士もそんな利用者を気にかけていて、ここ数日ではトイレ誘導時に自力での立位が保持できないことが問題視されています。
確かに、数日前に比べても身体の傾きが明確に分かり、介護士から指示をしても、その内容が理解できないのか、トイレでも立ち往生してしまいます。
安全面を考えると、日中のリハパンからオムツへの切り替えが行われることになれば、介護レベルとしては一段階進行したとなります。
100%ではありませんが、オムツを終日着用するようになると、食事量の低下や会話の不明瞭さなど目立つことも増えます。
過去の事例を考えると、早い人なら数週間で寝たきりとなり、食事の拒絶から昏睡状態へと駆け降りるように進まれることもありました。
休み明けに出勤して、それこそ想像以上に変わってしまった利用者と再会するケースもあります。
そんな利用者の多くは、程度こそ異なりますが日常生活にサポートを必要としています。
その人のように、一見すると意味不明な言葉に思える場合でも、よく耳を澄まし、頭をフル回転させてその趣旨を理解しようとした時に、思わずに「ハッと」させられることを話していたりします。
「私、いじめられているの!」
そんなワードで、こみちは呼び止められました。
現役の介護士なら察してもらえると思いますが、忙しくて利用者の呼び掛けに応じられない時ってありますよね。
その時も正にそうでした。
ただ「いじめ」というワードに足が止まり、補充用のオムツを胸に抱えたまま利用者の脇に腰を降ろしました。
「〇〇さんが? 叩かれたりしているの?」
「暴力はありません。でも、言葉や態度で私をいじめるんです」
「誰に?」「いつ?」
聞きたいことはたくさんあります。
と言うのも、先週だったか、その人にトイレ誘導を依頼された時にこみちの表情が曇ったことを感じとったようです。
「そんなに嫌なの?」
そう言われてハッとし、「そんなことはありません。こちらのトイレでも良いですか?」と上手く取り繕えたと思いつつも、確かに心の中でも「今、行くのか!?」と考えたのも事実でした。
それだけに、少し時間を使ってでも向き合う時間を作りたいと思ったのです。
「…分からない」
「分からないですか?」
誰にいじめられているのか分からないと言うのです。
もしも、そこで認知機能が低下しているから意味不明な話をしていると介護士が思い込んだら、それで話も終わったでしょう。
「〇〇さんは、その時にどう思ったの?」と聞いてみると、「とても悲しい気持ちになった」と教えてくれました。
さらに、こうも言ったのです。
「私には何も言う権利はないの。だから本当は何も言うべきじゃないの。でも、貴方たちはまだ若いし、ここ(施設を指している?)の評判も悪くなって欲しくないと思っている」
「なるほど、でも嫌なことをされた時は教えてくださいね。〇〇さんが我慢することではありませんから」と伝えたところ、「なぜ、みんな(介護士たちのこと)は私と目を合わせないように、いつも俯いて通り過ぎるの?」
「ええ!?」
こみちはその言葉に心底ハッとさせられました。
かなり補足していますが、その利用者の言いたかったことは「いじめとは、介護士の無視を指していて、忙しい業務も理解しているがその人を含めた利用者たちを置き去りにした介護でいいのか?」と言うもの。
これは別の時に同じ利用者から聞いたことですが、「私の寿命はもうそんな長くないはず。だから、あまり難しいことは考えないように生きているの。でも、これでも我慢して邪魔にならないようにしているだけなぁ」と。
我々中高年は、生活の中で老いを感じることはあっても、まだまだ健康でなんでも出来そうな気がしている世代。
でも、いずれは70代や80代90代となるはずで、その頃には利用者の本音を改めて実感するはずです。
歳を重ねて、何も考えずに生きている人はいません。
言い換えれば、最期を迎えるための準備が始まるのだと思っています。
しかしながら、そこにたどり着くまでは、不安や疎外感と闘いながら、いつも笑っている利用者を演じています。
言葉のひと言ひと言に耳を傾けてみると、我々以上に孤独を感じて、毎日を過ごしていたりします。
「私のためではなく、この施設で働くみなさんのために、「いじめ」をなくそうと心掛けて欲しい」
確かに、ダブルワークを始めて、どこか職場に対して距離も感じていました。
今日が終わればそれでいい。
そんな気持ちで、利用者と接していたかもしれません。
だからこそ、「いじめ」という強くインパクトあるワードで、その利用者は使ったのでしょう。
介護って何だ?
と思った時に、介護士が都合よく考えたことだけでは解決しません。
それだけ奥深く、人が人を支える難しさを改めて思いました。