結局は…と思ってしまうこと
こみちは器用な人間ではありません。
人よりも不器用で、何をするにも時間が掛かります。
臆病で、決断力にとぼしいことも多々あります。
介護士という仕事をして、本当にキツいと感じるのは「心の問題」でしょう。
最近、こみちの勤務している施設の環境も労働意欲も信じられないほど低下していると感じます。
正直なところ、こみち自身だって腰掛けくらいに考えていますし、介護福祉士の試験が終われば、次の一手を打ちたいです。
しかしながら、困っている利用者や困惑している利用者に寄り添うことをやめたら、何が残るでしょうか。
ある先輩介護士がとにかく働かないと告げました。
不思議な話ですが、それでも注意やクビにはなりません。
異業種とはそこが違います。
そして、他の介護士も段々と同じようになっていて、スケジュールを無視して簡単な仕事で時間を潰すような働き方をしています。
こみちにできるのは、みんなと同じように利用者を無視して「楽」を選ぶか、意地を張ってスケジュールを回すかの二択です。
実は同じように頑張る方を選びたい介護士の人がいるのですが、そんな職場に大きなストレスを感じて、自身の心がとても不安定になっています。
必死になって働くほど、周りのスタッフは談笑ばかりするのですから、「何で?」となるのは当然でしょう。
しかしながら、相手にも言い分があって、「そこまで頑張る理由などない」と勝手に結論を出しています。
確かに報酬や待遇面で問題があるのは感じます。
親を預けたいとも思いません。
でも、そんな時に上司や施設側と話し合いするのが筋で、それができないくらいなら個人的には「退職」をお願いしたいくらいです。
しかし、こみちだってそう長居するつもりはありませんから、「相手に辞めろ!」とは言いにくいところがあります。
実際、直属の上司も状況の変化に気づいていても、それを改善できるようには動けていないのも事実です。
いやぁ、本当にやばい。
介護現場で体験しながら「介護の仕事」を理解してきたつもりですが、やはりこみちが想像しているような「介護」の本質とは根底から違っています。
でも、どこかでリンクするのだろうと思ってきましたが、全くそんなことはなく、結局のところ施設としてのサービスだけが低下しているだけです。
正直、今いる利用者には別の施設を検討して欲しいくらいですし、事実、ある利用者から早急に「帰りたい」との訴えがあって調整中となりました。
結果、そんなことが起きてしまう根底には、我々の施設のサービスに信頼が無いからのひと言です。
でもそこに気づくことはなく、「あの利用者は精神的にもろいところがある」と全く異なる見解で自身の介護を正当化している始末です。
こみちにすれば、どこからそんな「大口」が出てくるのかと思いますが、何もしてくれない介護士がどんどん増えている現状を見ると、出勤した日が地獄なくらい大変になります。
本当にどうなっているのか。
これが現代という社会なのでしょうか。
こみちはあまりに純粋過ぎて、正しいことが成功への入り口と思いすぎているのでしょうか。
のらりくらりとして、言い訳や自身のプライドばかりを大切にする相手と過ごすと、こっちまでおかしくなってしまいそうです。
できれば、2月末。遅くとも3月と思っていますが、それでもまだ約半年も残っています。
苦しいと感じています。