介護現場の現実「検視」を求める利用者家族の気持ち

 「介護施設」とは何か?

介護士として働く人の中には、20代や30代のまだ若い世代も少なくありません。

こみち自身も介護士として働いてみて、「介護士は肉体労働者だ」と感じる一面もあるからです。

中高年になると、後からいろいろ思いつくけれど、その瞬間に的確な判断は段々と苦手になってしまいます。

まして、フロアの隅々まで歩き通す仕事ですから、ステーションのイスに座って一日中日報を書いてはいられません。

中には鈍感な人や勘違いした人がいて、後輩たちばかりに働かせて動こうとしない介護士はいることは内緒話です。

それだけいろいろな業務を次から次にこなしている中で、「ミス」は起こります。

小さなミスでは、誰かの名前を呼び間違えたとかでしょうか。

大きなミスになると、やり直しがきかないこともあります。

幸いなことにこみちはまだ「致命的なミス」はありません。

致命的なミスの部類になると、介護士を辞めた後でもずっと心にシコリとなって残ってしまうこともあります。

介護施設といっても、提供しているサービスには違いがありますが、いずれにしても利用料金を支払えばサービスを受けられます。

そこで働く我々介護士は、客を選ぶことはできず、施設から支持された利用者を精一杯もてなすしかできません。

歌手ではないので、一緒に歌っても魅了するような歌声では歌えませんし、料理を作ってもコックやパテシエではありませんから、多少は物好きくらいの料理ができたとしても、高々知れているレベルです。

それでも、いろんな想いを持って介護士として働き、一期一会を大切にしたいと持てる能力を発揮します。

こみち自身が想像する介護士という仕事は、客観的に時間給で1300円くらい貰えないと、楽しい仕事でも異業種を選んでしまう人がいそうです。

なぜなら、四六時中緊張しっぱなしというハードな職業ではありませんが、求められるスキルは非常に高度で難易度が高いと思うからです。

ただ、その高度な要求に応じられない場合は、多くの場合で利用者の生活スタイルを損なう形で現れます。

しかし、一見しただけでは分からない部分もあって、時に適切な介護サービスが提供されていたのかが問われます。

客となる利用者は、施設が提示した金額さえ支払えば利用できるのですが、実際に利用者をもてなす介護士は施設からの提示金額納得さえしたら、もうどんな利用者にも精一杯接するしかありません。

例えばこんなケースでも

ある利用者は自宅で家族が支援できないほど認知機能が低下し、徘徊や暴力行為も多発する状況でした。

そこで利用者家族は自宅での生活を諦めて、ある介護施設を利用することにしました。

「ウチの人はとても扱い難いところがあります」

そんな家族からの説明を聞き取ったうえで、介護施設への入所が決定しました。

ところが初日こそニコニコしていた利用者様子が次第に変化し、同じ部屋に寝泊まりしている別の利用者へ暴力行為を行ったのです。

そして、それを目撃した介護士にも殴りかかって向かって来たというのです。

もちろん、介護士は利用者に対して手を出すことも口で非難することも施設から強く止められていて、殴りかかる利用者を制するしかできません。

このような利用者も、施設が認めて受け入れたなら、介護士は黙ってもてなすことが業務です。

言い換えれば、なぜ暴力行為に及ぶのかをリサーチすることも介護士に求められる業務に含まれます。

介護士もミスをしたいとは思っていません。

しかし、時間の無い中で一瞬の判断を誤ったことで取り返しのつかない事故招いてしまうことはあり得ます。

例えば、そんな利用者の暴力が別の利用者に及びそうになり、瞬間的に介護士が手で制したという状況で、その弾みで問題の利用者が転倒、骨折という事故に遭遇したような場合、偶発的な事故とは判断されず、介護士は事故報告書を作り、その経緯から予防策まで施設へと提出します。

介護士には、安全配慮義務が課せられていて、それこそ一般人なら防げなかったようなケースでも民事賠償の対象になり得ます。

つまり、たとえ咄嗟だったとしても、利用者を転倒させてしまえば、賠償責任を負うことがあります。

老衰なのか事故死なのか?

利用者が永眠された時、利用者家族の中には「死因」を求めることがあります。

もちろん、医師による死亡診断書はありますが、そこに書かれている死因や経緯が誰によって示されたものか争点になることもあり得ます。

つまり、老衰と事故死では民事訴訟での扱いも異なるからです。

例えば、最近、むせこみが多くなったという利用者に対して、介護士は食事介助というサービスを提供しまう。

簡単に言えば、利用者に食事を促すことですが、介護士に課せられたハードルは高く、トータルでも一人の利用者に付き添える時間は「10分」程度です。

この時間内で食事を終えないと、その後のスケジュールに響きます。

本来なら、時間の掛かる利用者を見越し、他の介護士がフォローできる職場なら理想ですが、例えば時間給1000円以下で採用された介護士は、異業種のアルバイトと同じ感覚で働いてしまうかもしれません。

もっとも1300円以上なら仕方ないのかというと難しい話で、ただ介護士は給料に関わらず、とても責任の重い仕事を担っています。

現場で働く介護士とすれば、「事故死」なのか「老衰」なのかとても微妙なケースはあり得ると思います。

と言うのも、利用者の顔にアザができていて、夜間中に転倒した時にできたと言う話を施設からの連絡で聞きます。

しかし、利用者と接している時に、「介護士Aさんに車いすのブレーキを外されていた」と聞いて、利用者に認知低下や妄想癖があるような場合に、事実はどこにあるのかわからないからです。

こみち自身は、施設内の至るところにカメラを設置して欲しいと思います。

それは介護士の潔白を証明してくれる証拠になるからです。

転倒事故で終われば不幸中の幸いですが、そのまま帰らぬ人になってしまうと介護士としても自責の念に問われるでしょう。

正直、人は二面性を持っている動物です。

その両面を知って、なおさら惚れ込むことも有れば、関わりたくないと思うこともあるでしょう。

利用者家族が「検視」を強く希望する根底には介護施設やそこで働く介護士に対する不信感も関係しまう。

介護士が利用者ととても親しく接していても、利用者家族にとってはそこに「人為的ミス」があったかに尽きるからです。

でもこれが介護業界に起こる現実でもあります。

そう思うと、時間給が安いままでは、なかなか働きたくとも踏み込めない職種と言えそうです。