人生の先輩たち
中高年になり、若い頃よりも人間関係を気にすることが増えました。
「大人の対応」と言ってしまえばスマートにも聞こえますが、ある意味では「社会」がそれで動いていることを感じたりもするわけです。
ある利用者からのコールを受けて、その方の居室に向かうと、「貴方で良かった!」と笑顔で迎えてくれます。
そして、別のタイミングでは、その方のところで介助を終えた介護士が、なんだか嬉しそうに戻って来る姿がありました。
「どうしたの?」
「〇〇さんが、貴女で良かったわ」って。
「良かったですね」
「フフフ」
でもこんな会話に、「人間関係」が隠れていて、人が動く根源が隠れています。
人生の先輩たちは、こみち以上にそんな場面に幾度も遭遇し、こうすれば人が進んで動いてくれるという経験を重ねて来たのでしょう。
思えば、その利用者以外の人たちも、「ありがとうございました」とか、「助かりました」と言ってくれるのです。
起きたくないと言い張る利用者
昼食を終えた午後2時過ぎ、一人の利用者を起こしに向かいました。
その日は特別なレクリエーションがあって、その方にも参加して欲しかったのです。
しかし、つい10分前に声掛けした時は返事すらしない状況で、今回もダメだろうかと思いつつ向かいました。
「〇〇さん、起きてください。〇〇さんが参加するのをみんなも楽しみにしているんですよ」
もちろん、快い返事はなく、「ウ〜ン」と言葉にならない声で応えてくれます。
「ネェ、ネェ。〇〇さん。お願いします。少し顔を出してくれたら…」
起きたくない気持ちから目をギュッとつぶっていたはずなのに、その目が微かに開いてこちらの様子を確認しています。
「〇〇さん、少しだけ。顔を出してください!」
こみちの訴えに根負けしたのか、「いいよ」と小さく答えます。
その利用者の身体を抱えて一緒に立ち上がると、「寒いなぁ」と言いながらもレクリエーションに参加してくれました。
実際、もしもこみちが利用者で、寝ていたいと思っている時に起こされたら、どんな気持ちになるでしょう。
頼まれたことで、自分の気持ちを抑えて、相手の要求に乗ってあげられるでしょうか。
同じ方が、いつか騒いでいた時には、「電話しろ!」と怒鳴り散らしています。
聞けば、コロナウイルスの影響で、すでに他界している彼の「妻」がきちんと食べているのか心配で、電話で聞いて欲しいと繰り返していました。
「優しいですね!」と伝えれば、「オレは少しくらい食べなくても我慢できるが、妻が食べられないのは心配だ!」と教えてくれたのです。
他人や家族を想う気持ちが深いなぁと感じました。
「散歩に行きたい!」と訴える利用者のホンネ
ある利用者が散歩に行きたいと言い出しました。
何より前回の時には、その利用者が繁華街を見下ろせる眺めのいい場所で、「貴方、少し疲れたんじゃない!?」と言い出し、「ここで少し休んだら?」とも言ってくれたのです。
「散歩に行きたい」と言った理由は、自分のためではなく、バタバタと動いていたこみちを想って、気を利かせてくれた行為だったわけです。
そして、今回も一緒に散歩している時に、いつもなら帰りたいと訴えていたので、「いい景色ですね」とこみちが言うと、「無理よ。今日は天気も悪いし、もう寒くなって来た。今度ね!」とこみちに言い聞かせるように話すのです。
そして、「今日がダメでも諦めないで! また行ける日が来るから!!」
それを聞いた時、思わず笑ってしまいました。
「何? 気持ち悪いんだけど…」
サバサバした性格の人で、でも悪口も言ったことがありません。
「〇〇さんって優しいね!」とこみちが言うと、「人によってよ!」と返してくれました。
介護士の中には…
利用者たちのことを理解できない相手と思う人もいます。
意味不明なことを言うけど、全く何が言いたいのか分からないと言います。
例えば、自分の居室に戻りたい時に、「二階に行こう!」と言う利用者がいました。
普通なら「二階ってどこ?」となるのですが、どうやらその利用者の自宅は二階を寝室として使っていたみたいなのです。
だから、「二階」と言うことに気づけば、利用者の言葉がはっきりと意味が分かります。
でも、表面的に理解しようとすれば、「何を言っているのか分からない」で、全て終わります。
ここで紹介したエピソードも、実は別の介護士なら意味不明で終わったかも知れません。
こみちが利用者と接している中で、「もしもして…」と思ったことが理解を助けてくれたのでしょう。
いずれしても、利用者たちは人生の先輩たちで、相手を思いやる気持ちを持っています。
自分もそんな風に年を重ねていけるだろうかと思ってしまいます。