認知機能の低下が招く「物取られ妄想」
ちょっと考えてみてください。
5分前に起こったことを覚えていなかったとしたら…。
確かにあったはずの物がなくなっていると思うことでしょう。
それが、自分で食べたとか、誰かにあげたとかしたものでも、「無い」ことに違いはありません。
「5分前の記憶がなくなっていること」そのものをしっかりと記憶できていれば、「もしかしたら記憶を無くしていた時に起こったのかも知れないなぁ」と考えるでしょう。
しかし、「5分前の記憶」が空白になっていること自体を認識しているとしたら、記憶の欠損はあるとしても、「物取られ妄想」になるとは限りません。
なぜなら、「空白があること」に気づけるということで、自分の認識を冷静に分析できるでしょうし、一概に「誰かに盗まれたのかも知れない」とはならないからです。
介護施設で起こる「物取られ妄想」の一例
きっかけは、もう半年くらい前のことです。
ある利用者が自室に置いてあった物が無くなったみたいだと申し出たのです。
施設では、入浴サービスが提供されていて、利用者の着替えや脱いだ洋服が一括して洗濯されます。
もちろん、下着や靴下にも名前は書いてありますが、利用者の手元に戻るまでに、靴下の片方がどこかに行ってしまったというケースはまれでもあるものです。
しかし、戻らなかったからと言って、「盗まれた!」と騒ぐ利用者は一人もいません。
そして、戻って来なかった時に「あの靴下、どうなりましたか?」と訊ねてくれる利用者はいます。
では、どこで「盗まれた」と問題がすり替わるのでしょうか。
例えば、こそこそとしている介護士がいて、その人が勝手に自室に入っている姿を見た時でしょうか。
実際、こみちが介護士になった直後、夕方に利用者の部屋のカーテンを閉めている時、「知らない人が入っている」とある利用者から指摘されたことがあります。
確かに面識の薄い人が、断りもなく自室を行き来して不安に感じない人は少ないでしょう。
「カーテンを閉めるので、部屋に入りますよ!」と声掛けしてくれたら、少しは利用者も信頼できるかも知れません。
今では、過去に指摘してくれた利用者を含めて、こみちがカーテンを閉めるために入室して不満を口にする人はいません。
もちろん、心の奥では「不安」や「不審」を感じているかも知れませんが、目立ったクレームにはなっていないのです。
施設にはいろんな症状を持った利用者がいて、認知機能の低下度合いも範囲も様々ですが、そんな彼らも、こみちが入室することに「ドロボウがいる!」と騒いだことはありません。
それでも、ある利用者に限って、ある特定の人を「怪しい」と言うのはなぜでしょうか。
指摘されている人の気になる性格
どんな人でも、表の顔と裏の顔があります。
その差が激しい人もいれば、ほとんど変わらない人もいるでしょう。
また、良い人に見えたはずが、「裏の顔」を知ったことで印象がガラリと変化することもあります。
そして指摘されている人が、仕事中にミスしたことを揉み消そうと根回ししている姿を見て、単純に印象が変わったこともありました。
まだ騒動を知る前なので、先入観ではなく、単純に出来事を見て印象が変わったのです。
「この人には、都合の悪いことを正直に言うよりも、最もらしい理由をつけて表沙汰にしないように動くところがあるのかぁ」
その態度に、大切なことは話せないと思っていました。
それからの騒動なのです。
決定的な証拠がない以上…
今回の騒動で、疑いを掛けられている人が自分から告白でもしない限り、「ドロボウ」と決定することはできません。
民事的、又は刑事的に考えても、「決定的証拠」が不可欠なのです。
例えば、自室にカメラを設置して、その人が入室し、物を取っていくシーンでもあれば、話の展開は一変します。
しかしながら、生活支援が必要な利用者が、そこまでの機材を準備して証拠集めをするのは困難というしかありません。
一般社会でも容易なことではありませんし、ましてそれを介護施設内で解決することがどれほど困難かは想像できるでしょう。
仮に、持ち物すべてにナンバリングをしていても、「無くなった」イコール「物取られた」にはなりません。
「無くなった」原因が、「誰かによって運び出された」を証明できなければ、「無くなった」はそれ以上の意味を持ちませんし、場合によっては「勘違い」と考えられることさえあります。
何より、施設のスタッフたちは、徹底して関わりを持たないように決め込んでいます。
つまり、利用者が自身で対策しない限り、「決定的な証拠」を集めることはできません。
まして、利用者家族から送られて来る荷物は、施設サイドで確認してから手渡されるので、「カメラ」なども持ち込むことは難しいでしょう。
何より「なぜ、こんな物を?」と即座に指摘され、両者の信頼関係は今以上に分断されてしまいます。
今さらだけれど
最初に「物が無くなったと騒いだ時」、施設サイドはしっかりと対応するべきでした。
何がなくなったのか。いつ無くなったのか。どこで何をしている時に無くなったのか。
そして、勘違いや記憶違いではないことを、限定的とは言え、その場でできる限り確認するべきだったと思います。
利用者と施設、そしてスタッフが対立関係になってしまうと、問題を解決できません。
なぜなら、施設やスタッフサイドは、どうしても保身が働き、問題解決に消極的だからです。
しかし、もしも利用者や利用者家族が民事訴訟や刑事訴訟に持ち込んだとしたら、施設は社会的な信頼さえ失いかねません。
仮にスタッフなどに「ドロボウ」がいなかったとしても、介護施設で起きた問題行動として、ニュースや記事になるでしょう。
まだ、訴えるに及ぶだけの根拠がないので、訴訟には発展しませんが、これからの施設運営を考えると、足元を掬われないようにすることが大切です。
施設内のことだから…と勝手に施設サイドで決め込む前に、広く一般的な価値観で「クリアな対応」が望まれます。
「物取られ妄想」というと、認識機能が低下した利用者がどこからかいろんなものを集めて、どこかに隠し持つというようなイメージを持ちます。
もちろん、そんなケースもあるにはありますが、ある「物取られ妄想」の話ではなく、利用者と施設との信頼関係という意味で、両者の関わり方が問われているように思います。
「誰だ! 勝手に持って行ったのは?」
と疑っていた話ではありません。
「物が無くなった」という話だったのが、いつに間にか問題が変わってしまい、「あの人が持って行った!」話になっています。
その意味では、初動に問題があって、利用者の話を聞かないままにしたことで、解決の糸口を見失ってしまったように思います。