ある介護士が疑われ始めて
長くこみちは、その利用者に「物取られ妄想」があると気づきませんでした。
利用者は女性で、死別していますが結婚もして子どもももうけています。
とても聡明な人で、上品な方でもあり、読書好きでもあります。
「パジャマがなくなった!」
「冷蔵庫のプリンがなくなっている!」
いろんなものが無くなっていることは、一部の関係者だけが知っている事実で、こみちがその騒動を耳にしたのは、利用者が間違えて「犯人はどうなったの?」と聞いたからです。
「犯人? 小説のですか?」
「違うわょ…」
話を聞いてびっくりし、まさか介護士の一人が疑われているとは思いませんでした。
利用者の健康状態はというと
端的に言えば、利用者に認知機能の低下は見られません。
もちろん、90代と言うことで、耳が遠くなっていたり、歩行が困難になっていたりするのですが、年相応の老化現象です。
「物取られ妄想」というワードがあったことで、室内の物が無くなっても、誤解や錯覚なのだろうと考えてきました。
ところが利用者の認知機能が正常であり、妄想として物が無いと言っているのではなかったのです。
もちろん、だからといって「犯人」と言う結論に進むのはまだ早いでしょう。
ここでもっとも大きな問題は、利用者とその家族、そして我々介護士や施設間の信頼関係が崩壊していることです。
利用者にすれば、なぜ早急に対応してくれなかったのかと考えたでしょう。
また利用者の家族にすれば、施設や介護士がどのような対応をしているのか気になりはずです。
それに対して、施設での対応や救済方法、介護士への対応指示と現場対応の方向性が示されなければいけなかったでしょう。
その意味では、利用者家族からの提案を受けて「新たな対応策」が実施されることになりました。
受領と声掛け
利用者の意見に反論せず、常に受領しながら精神状態の安定に努めます。
さらに、孤立しやすい環境を打破するために、定期的に又は時間を設けて声掛けを試みます。
そんな方針案が施設から介護士へと示されたのですが、利用者家族からは一度契約を破棄し、改めて施設選びを検討したいと言う申し出に対して、施設としての対応を告げたと言う話です。
「応対を試みるので、ワンチャンスもらえませんか?」と告げた格好です。
介護士ではなく、利用者家族とすれば、施設に対する信頼は持てません。
ただこれまでの期間もあるので、一方的に破棄と言う形ではなく、両者合意のもとで結論を出したいと言う大人の配慮もあるのでしょう。
なぜなら、受領を全面に打ち出した接し方は、介護士が面識の無い利用者に使うテクニックです。
「そうですね! なるほど!」
そんなあいづちを打ち、どんどん話してもらう中で、利用者の本音や本質を探ることが目的です。
でも今になって、利用者に寄り添ってみても、そう簡単に信頼できるようには戻りません。
初めての人が信頼してもらう以上に時間も労力も必要です。
例えば、ある指針に基づいたケアができる介護施設や介護士はかなり優秀でしょう。
なぜなら、利用者へのアプローチと言うものは、介護士の生活スタイルがそのまま現れます。
今までがこじれたとすれば、今後はそれ以上に分析しなければ、同じような結果となります。
特に介護士個人が持つ「正義感」はとても注意しなければいけません。
第三者から見れば間違いでも、本人は正しいことをしているつもりなにで、それによって弊害が生じても仕方ないことだと感じ傾向があるからです。
例えば、物取られ妄想を疑われた利用者にたいして、軽い気持ちでその人の衣類をベッド下に隠した介護士がいたとしましょう。
何か嫌味を言われた腹いせのつもりで、その時受けたイライラに比べれば、本当に軽い冗談のつもりだったかも知れません。
でも、その時のことを何らの手段で気づいた利用者は、「盗まれた!」と訴えたのです。
しかし多くのスタッフは、「まさかとんな人様の物を盗むなんて…」と思うでしょう。
とは言え、「物を盗む行為」は、それが欲しいという理由だけではありません。
面と向かって言い返せない人が、相手の持ち物にちょっとしたいたずらをしてうっぷんばらしをするというような行為はどこにでもあるものです。
「軽い気持ちだったのに…」
今回の件がそうだとは思っていませんが、物取られ妄想ではなかったということは、無くなったとされる品々がどういう状況で消えたのかを調べる必要があるでしょう。
そのために必要な方針や管理を施設として明示し、対策しなければ、「そんなはずは…」という領域のまま何も変わらないことになるからです。