学べる仕事と学べない仕事の違い

 仕事上で学ぶとは?

学生だった頃、就職先でいろいろと悩んだことがありました。

担当してくれた就職課の人から、「こんな企業はどうですか?」と言われて、初めて聞いた社名と業務内容に視線を落とします。

「この会社は、住宅のサッシを作るメーカーですよ」

とても残念なことですが、当時のこみちは「サッシ」がどれほど重要なものなのか理解していませんでした。

「サッシですか…」

今にして思えば、住宅だけでなくオフィスビルなど、サッシがもたらす影響力を理解しているつもりです。

そこでどんな経験ができたのかと考えると、国内だけでなく海外も視野に入っていたでしょうし、独身者が好むようなワンルーム主体のマンションもあれば、大型ショッピングセンター、さらには街そのものを作るような大きなプロジェクトにも加わることができたかもしれません。

その会社の一従業員に過ぎないこみちですが、その周りで動いているビジネスはとても大きなもので、とても一人だけの力で経験できるようなことではないでしょう。

どんな仕事を選ぶのかは、その人の適性や経験、考え方などで変わります。

しかし、20代30代は特にそうですが、たとえ中高年になったとしても「仕事を通じて学べる」という経験はヤル気や達成感に直結するものです。

介護士になって得られた経験

中高年から始めた「介護士」という仕事。

実は選ぶつもりもありませんでしたし、できるとも思っていませんでした。

そんな中でのスタートだったので、「ダメ元」くらいの気持ちで働き始めたというのが本当のところです。

でも、中高年の求人数という視点で見れば、介護士ができることは大きな強みでもあります。

そして、今では介護士として大変な部分も見てきましたし、経験できて良かったと感じることもたくさんあります。

ビジネスというか、介護を本気で支えるつもりなら、少なくとも今のような働き方では何も生まれません。

それどころか、不甲斐なさややるせ無い気持ちの方が強いくらいです。

それはつまり、利用者がいて、彼らの暮らしに寄り添うからこその感覚です。

その感覚をシンプルに伝えるとしたら、こみちが出せる100の力の内、80までは時間と共に流れて消えてしまいます。

つまり、80位以上の部分をどれだけ出せたのかが問われるわけです。

しかし、90も出してしまえば、帰宅しても全く動けないほど疲れてしまう状況です。

そう考えると、85までなのか、87までなのかと自分の体調や現場の様子と相談するわけです。

しかし、介護士として働く人の中には、時給しか考えていない人もいるわけで、利用者支援という考え方を理解してもらう段階ではありません。

その意味では、時に89まで頑張っても、その頑張りが前に進むためではなく、時間と共に流れて消える場合も多くなるのです。

きっと、職場の人間関係で辞めてしまう介護士は、そんな経験をした人ではないでしょうか。

介護士として学ぶために

個人である介護士が一人で頑張っても、状況を変えることはできません。

つまり、介護士として学べることは施設によって決められています。

ある意味で、利用者も様々です。

その施設が合う人もいれば、別の施設が合う人もいます。

それは介護というものが、「こんなサポートをすること」と明言できないように、合う合わないはどうして出てきます。

つまり、介護士も利用者もダメだと感じたら別の施設に移れば良いのです。

少なくとも半年くらい粘れば、その施設の良さにも気づけるでしょう。

自由度が高いけれど、組織としてまとまりがない。

この言葉は、相反する感情で、両方を満たすのはかなり難しい管理が必要です。

厳しくないけど、しっかり教えてくれる。

学校なら分かりますが、働きながら求めるにはちょっと厄介な要求でしょう。

「今、これを知りたい!」

それが、学校や独学で学べる範囲なら、就職する前にマスターした方がいいでしょう。

逆に、大きな資金を使ったプロジェクトに加わり、先輩たちの背中を見て現場仕事を学びたいということなら、実践しかありません。

という具合に、何を身につけたいかによって、働き方も、選ぶ職種も変わってくるでしょう。

中高年の場合、経歴などで自由度のある仕事も見つけられますが、こみちのように選択肢がなくて、介護士へと進むことだってあるはずです。

きっかけは仕事が見つからなかったということでも、仕事を覚えていくことで、次の目標が見えてきたりします。

そして、経歴ができたことで、今度は未経験者ではなく経験者として働くこともできるでしょう。

その先に、起業するとか、仲間たちと共同で会社(施設)を立ち上げるということだってできます。

いきなりそこまでは難しいことでも、ステップを踏めば叶うことはあります。

仕事を通じて学べるというのは、実は職種ではなく意識問題だったようです。