施設の利用者は本当に弱者なのか?

 担当する利用者たちのホンネ

現役の介護士なら、担当している利用者のことを何かと気にしているでしょう。

今日、ある利用者と話をしていて、少しドキッとさせられることがありました。

それは、ある介護士のことを評した時に、「あの人は…」と語り始めたからです。

もしかすると、「思い過ごしでは?」と言うかも知れません。

それはそれで良いのです。

ただ、その時に語った言葉を聞いて、一つの憶測が生まれました。

「高齢者だからと言って、すべての感情が薄れてしまう訳ではない」と言うことです。

中高年の方々は、周りの人から「おじさん」や「おばさん」として扱われることに戸惑った経験はないでしょうか。

50歳になって思うのは、「50歳ってまだまだ大人じゃないなぁ」と言うことです。

つまり、どんなに歳を重ねても、昔思っていた中高年のイメージほどは大人ではなく、どこか若さを残しているように思います。

それなのに、「ネェ、おじさん!」と声を掛けられると、「何?」と言いながらも、そんな風に見られているんだとも感じます。

施設に入所している利用者の中にも、そのすべての人が現実を理解していない訳ではありません。

身体の何処かに不自由さを感じているとしても、まだまだ自宅で暮らせると思っているかも知れません。

ですが、周囲からの勧めもあって施設に入り、安全な暮らしをしているものの、自由にすることができない現状を感じるでしょう。

少し動くだけで、介護士から「動かないでください!」と言われ、一日中身動きできない中で、周囲の人々同様にぼんやりとテレビ画面を眺めているしかありません。

「もう自宅には戻れないのだろうか?」

曜日も時間も気にならなくなり、介護士から言われるまま利用者として自分を演じるようになってしまいます。

正直、そんな話を聞かされた時、こみちは戸惑いました。

介護士になる以前、おじさんもおばさんも優しい人だったからです。

でもそれは、こみちに対して「優しいおじさん」や「優しいおばさん」になってくれたのかも知れません。

でも今、中高年のこみちが30年分歳を取れば、自宅で自分らしく過ごせないでしょう。

トイレにも行けないかも知れませんし、料理もできないかも知れません。

誰かに助けてもらわないと、生活できなくなっていることもあるでしょう。

介護士として何気なく振る舞った「一動作」が、利用者から見れば「何あの人?」と思われることもあります。

それは、自分らしい日常生活が行えないからこそ、誰かの助けを求め、それをしてくれる相手かどうかを見極めるようになるのでしょう。

「お茶ください!」

利用者からよく頼まれます。

例えば、お茶を20秒以内で提供することが利用者への寄り添いではありません。

それは自分が80代になった時に、素早く提供してくれることよりも、もっと相手を信用できることが大切なのだと知るからです。

介護士全員をどこか疑いつつ、施設で暮らしている人は神経を使います。

でも、今日、ある利用者から聞かされた話ですが、その利用者はいつもよく笑っていて、とても優しい人だと周囲からも思われている人です。

そんな人から聞かされてことで、こみちは「それはそうか!」と納得した部分と、介護って本当に奥深いものだとも感じました。

相手に信用されるには、変わらない姿勢を貫く必要があります。

介護だけでなく、広く人間関係を維持する意味でも、裏表のない姿勢を続けることが何よりです。