自分の強みを見直す意味とは?
自身の性格を誰かに告げる時に、「自分は〇〇な人だ!」と伝えていませんか。
例えば、「真面目な人」とか、「大雑把な人」とか、「几帳面な人」というかもしれません。
誤解して欲しくないのは、真面目でも、大雑把でも、几帳面でも、その段階では「長所」にも「短所」にもなる可能性があって、性格そのものではなく、「どう活かすか?」が何より重要なのです。
臨機応変に対応できない真面目さは、周囲との協調性を失います。
要の部分さえも大雑把では、ここぞという場面で成果を得られません。
コツコツと几帳面では、大一番のチャンス逃してしまうでしょう。
このように、一見すると強みに思えることでも、それだけでは見直す意味を失ってしまいます。
つまり、転職や就活の時に「貴方の強みは何ですか?」と何度も聞かれますが、それ自体は特別重要ではありません。
自己プロデュースという考え方
例えば、お笑い芸人とはどんな人かを想像した時に、「人を笑わせたり楽しませたりできる人」と答えるかもしれません。
しかし、お笑い芸人の中にも、人を上手に笑わせられるのは一部であって、大半の人は面白いことをしないでしょう。
あるお笑い芸人が「笑いは緊張と緩和」と言ったそうですが、その言葉を借りるならどれだけドラマチックに聴衆を引きつけ、予想外の出来事で感性に訴えかけられるかが見せ場です。
ドラマチックさを表現するにも、手法はいろいろあって、話術から楽器、スケッチブックやダンスなど、その芸人の得意とする領域で演出します。
正に、先ほど出てきた「強み」そのものです。
口が達者であれば、ありもしないことを調子よく語り出し、いつの間にか人が耳入れるかもしれません。
しかし、それだけでは「笑い」にはなりません。
つまり、引きつけた後、どれだけ意外性を持って「落とせる」かが重要だからです。
この「落とせる」こそ、ボケとツッコミの領域でしょう。
一方で、我々にとって、強みだけでは何も始まりません。
「強み」ばかり聞かれるので、それが大切だと思うあまり、ここ何年も「強み」のことばかり考えていた人もいるでしょう。
こみちもその一人でした。
例えば、こみちの強みが「絵を描くこと」だとして、もっと上手になれば夢が叶うのかというと、それは違います。
なぜなら、強みだけでは「夢」も「幸福」も手に入らないからです。
実際、自分なりにいろいろしたけれど、結果に繋がらないと感じる人は、「強み」こそ全てと誤解していたのでしょう。
つまり、「真面目」なら、その真面目さがもっとも評価される業界に身を置くことです。
例えば、研究者とか、税理士とか、警察官とか、長い時間を掛けてコツコツと積み重ねる作業を評価されるからです。
スポーツ選手という選択肢もありますが、真面目さに加えて「見切り」や「決断力」が伴っていないと、一流にはなれないでしょう。
大雑把なタイプにオススメなのは、司会業やコンサルティング業など、夢を語れる職業です。
大雑把な医者や、判事は超一流になれるかもしれませんが、三流止まりかもしれません。
このように、自身の強みをどこに行けば活かせるのかを考えると、これまで鳴かず飛ばずだった成果も一気に開花するでしょう。
だからこその「基礎力」
真面目でも、大雑把でも、几帳面でも、基礎力が不可欠です。
この基礎力とは、それぞれの業界でのマナーやしきたりを学ぶことです。
介護士で言えば、排せつ介助や入浴介助などを指しますが、実際にはそれだけも十分な反面、それだけでは「現場止まり」になってしまいます。
現場は現場なりの楽しみもありますが、現実的には面白味を理解した介護士と理解していない介護士に別れてきます。
実際、面白味を理解していない介護士と一緒に働いても、発展性を感じません。
「やるだけ無駄」「損得感情」が目につき、介護のデープな領域を共感できないのです。
つまり仕事を成し遂げた達成感も異なるので、働いていても不完全燃焼になります。
その原因は、「基礎力」の欠如と大きく関係するのですが、要領の良い人に見えても本質が無かったり、そこに意義や役割を感じられません。
介護士が利用者に対して「暴言」を吐いたら、もうそれ以降は「介護」ではないのです。
つまり、介護士が利用者の振る舞いに感情的になってしまう原因は、「加齢」に対する認識不足です。
幅広い条件の中で下す結論と、目の前の出来事に感情的になった時に決めたことが、全く異なるように、「見ている世界観」が違うと答えも変わります。
自分という人間は一人しかいません。
つまり、二人いればということを考えても、現実的な解決には結びつかないでしょう。
そうだとすれば、タイムラグを使ったり、片方を先にすることで別のことの取っ掛かりにするような方法を探すことになります。
要するに、「考えて意味があること」と「意味がないこと」をいかに早い段階で切り分けることができるかが重要です。
実はそれこそが「基礎力」を身につける目的で、業界のルールやマナーすら配慮できずに行った行為は、見向きもされずに闇へと消えるでしょう。
社会人経験の乏しい学生の考えは、時に壮大ですが、甘さもあります。
若いスタッフだけの会社よりも、ある一定の年齢になった「相談役」がいると安定するのは、「基礎力」を加えたからです。
突拍子もないアイデアは、業界に染まっていない人の強みです。
しかし、それだけでは何も始まりませんし、影響力もありません。
原則的には、基礎力に個人の強みを加えることで、その人なりの「カラー」が生まれてきます。
実は、「カラー」になるところからが勝負で、自分らしく生きる方法を模索できる段階なのです。
粘り強い性格を活かして、これまでにない方法や薬を開発できたとしたら、それがその人の「カラー」です。
決して、「粘り強い性格」だけがポイントではありません。
粘り強い性格を活かして、必要な知識や技術、経験を身につけたことが「基礎力」であり、それがその人の強みと融合して結果が生まれるのです。