お金をもらって働くということ
いまさらという感じもしますが、「報酬をくれるなら頑張ります!」という人には会社も大きな期待をしていません。
なぜなら、報酬を支払っている以上の労働を期待しているからです。
少し強引な言い方をするなら、今の報酬に対する労働は、利益の3分の1以下。
つまり月給20万円欲しい人は、60万円以上の利益をあげて欲しいと思っているからです。
それだけ稼げるなら独立して自分でと思うかもしれませんが、「雇用を維持する」そして、「経費などを賄う」ということまで想定すると、3倍稼ぐというラインは大袈裟過ぎるものではないのです。
できないことは「お金を払って」教えてもらう!?
今の学校教育はどうなっているのか分かりませんが、当時の高校や大学を比べて、大学の教育が無駄だとは思いません。
その中で最も重要な学びは、「自分でできない時にどうすれば良いのか?」だったと思うのです。
小学校で運動に優れた子どもが、中学ではそれほど飛び抜けた存在でなくなることはよくあります。
なぜなら、体格的や知識や技術を先に得ていた優位性が結果になっていたからです。
成長期にグンと大きくなり、一気に頭角を現すこともあるでしょう。
さらに言えば、中学から高校に進み、これまで教えられていた環境から一変し、将来のために自分から学ぼうとする人が増えて来て、学び方に変化が見られます。
その先に「大学」があり、自分の未来を掴むために「手に入れた選択肢」だということです。
つまり、大学で何かを学ぶこと意思がなければ、その4年間はほとんど変化なく終わるかもしれません。
それでも、大学にはいろんな理由や志を持った学生が集まるので、彼らとの交流から「社会」の一端を学べるでしょう。
もしも子どもが大学進学を目指すと言うなら、「専門教育」に強い大学か、多様性に富んだ大学を勧めます。
専門教育としては、医者や薬剤師、建築家、会計士や税理士など、国家資格取得が求められる職業を選ぶ場合です。
多様性に富んだ部分では、外国語はもちろん、伝統や文化、ITなど、今の考えとは大きく異なる別の価値観を得ることで、より柔軟で幅広い理解ができるようになるからです。
そのために「教育費」を掛けるのは、若い世代の人にとって将来が大きく変化するだけの価値を持っているはずです。
一方で、社会人になり、仕事をするようになれば、早ければ翌日には「成果」を求められます。
「今日一日で何をしたのか?」
当然、大きな仕掛けを考えるよりも、確実に到達できそうな課題を選ぶでしょう。
ともすれば、とても平凡で、やりがいの薄い生き方になってしまうのは仕方ないことです。
なぜなら、できないことをできるようにするには、「決意」が伴うからです。
その中には、自分でできないなら誰かからの手助けを受ける必要があるでしょう。
そして、手助けしたいという人も、これまで得た知識を使って「稼ぎたい」のです。
もちろん報酬ばかりではありませんが、かと言って教えて欲しい人が何も持っていないなら、「教育費」というのが一般的でしょう。
介護業界では?
「教えてください!」と受け身の人は、よくて70点くらいになるでしょう。
でもそれは稀に見る良い人で、多くは50点、悪いと30点にも満たないかも知れません。
なぜそんなことになってしまうのかと言うと、介護施設で働く場合、業界未経験でも構いませんが「初任者研修」などを終えていることが重要だからです。
もちろん、この「初任者研修」で介護全てを学ぶことはできませんし、今にして考えると出だし部分に過ぎません。
ですが、それさえ学んでいない人は、その内容から時間をかけて教えるしかありません。
しかも、業務に関連した順番になるので、研修を受けるように系統だった教え方にはならないでしょう。
そう考えると、最初から初任者研修を受ける費用を出せない人は、介護士として働きたい意思があっても、雇い入れる介護施設にすれば「希望者もいないから仕方ないか」というのがホンネかも知れません。
実は経営の面からすると、そんな人材を集めてしまうと、施設自体の将来も危ぶまれます。
というのは、決められた業務というのは経営する中で一部分に過ぎず、決まっていないことや今はまだ問題視されていないことにどう気付けるかが大切だからです。
これはつまり、「自分でできないこと」をどう「できるようにするか」と同じことです。
企業は、人を招き入れることで「できるように」したいのです。
例えば、現存のサービスを拡大したような場合であれば、その業務を黙々とこなせる人が欲しい時もあるでしょう。
一方で、新しくプロジェクトを立ち上げ、企業としても新たな試みに出たい時は、改革に前向きな人材でなければいけません。
言われたことだけしかできない人は、どうしても予算を抑えたくなり、結果として報酬アップも期待できません。
なぜなら、同じ条件で人が集まるからです。
もう少し触れるなら、今の労働力不足によって、そんな時でも人が集まらなくなったのです。
つまり、以前から「消える職業」の話題で言われた通り、繰り返し業務からどんどん労働環境が変化していくでしょう。
まして、個人でも簡単に独立し、会社を立ち上げられる時代を向けて、「志し」ある人は自分で始めてしまいます。
そして、できないことや分からないことに出会すと、「できる人」を探すのです。
ある意味、YouTube では仕切りに「コラボ」企画が行われ、自身の知っている業界を飛び越えて、相手の領域をも取り込むことで、活動範囲を拡大させています。
ひと昔前のように、自分でコツコツと積み上げる努力よりも、必要な知識や技術はその時に「借りる」という感覚がより一般的です。
介護業界は、まだまだ最近の方法に切り替わっていない業界です。
つまり、概念的な優位性が結果に結び付かず、人海戦術で業務を回している部分が大きいからです。
報酬面で差が付けにくいことや、精神的な痛手を受けて休職する人が多いのも、業界の特殊性に関係しているのでしょう。
それだけ「介護」は目的が不明確で、ともすれば「それは介護と言えるのか?」というサービスを提供していることも少なくありません。
そこには介護に対する理解不足と、人材不足が関係しているでしょう。
「できないこと」を「できるように」するには?
先ずは自力でできるのかを考えましょう。
その時、残された人生を考慮して、そこに1年、いや3年掛ける意味があるのかも判断します。
時間を使ってでも突破できれば良いですが、何年も使って結果が出ないことほど、もったいものはありません。
できないと思うなら、教えてもらう環境を探しましょう。
知り合いを探す。インターネットで検索する。学校に行く。などが考えられます。
少なくとも、働きながら学ぶのは、社会人が最も選択しやすい方法です。
しかしその分、目的や意図が異なってしまう可能性を秘めています。
時には全く別の知識を身につけ、本質すら別のものになってしまうこともあります。
だからこそ、例えば介護業界であっても、「初任者研修」のような知識を身につけるべきです。
そうでないと、介護そのものを誤解し、働く意義や存在すら意味を持たないこともあります。
「何のためにこの人が働いているのか?」
介護業界では、なぜか介護できない人が働いています。
問題は、そんな人が自分から知識を身につける努力もしないし、施設でも積極的に教えようとしません。
結果として、残されたスタッフに仕事が集中し、疲弊した人は休職したり転職してしまいます。
残されたスタッフに関しても、問題点を改善するところまで進まないで、日常業務に追われます。
そうなるとその職場は「負の連鎖」になり、これから知識を身につけたい人にはオススメできないでしょう。
そんな職場ほど、高い報酬でできる人を招き入れ、早急に環境の改善をするべきです。