中高年にとっての「介護職」とは?

 「介護」をどこまで理解するのか?

介護施設を管理、運営する立場の人が、日々現場で働く介護士や看護師、理学療法士などのスタッフと、どのような距離感で接して行くのか考えるべきでしょう。

というのも、「介護」は医療や心、心身機能、生きがいなど、多岐にわたる関わりの集合体で、介護士だけ、看護師だけ、リハビリだけと縦割りのサービスでは補えないからです。

いつかの記事にも書いたように思いますが、介護士として働くことはとても大変です。

なぜかというと、例えばお客のニーズを探り、上手く聞き出せる営業マンなら、平均以上の成績をあげられるでしょうし、それなりにやりがいと報酬を手にするはずです。

レクリエーションなどで歌やダンスをする場合でも、歌手になりたい人やダンサーとして活躍したい人にとって、「介護施設」という「箱」で良かったのかと思ったりします。

20代や30代の人で、何か自分がなりたいと思っている職業があるなら、こみちは「介護士」という選択肢をオススメしません。

というのも、若者たちにとって「介護施設」はとても小さな世界だからです。

誤解がないように補足すれば、「介護」の役割を「小さな」と表現したのではありません。

「介護施設」が求めている介護士というのは、決して「歌手」や「ダンサー」「営業マン」ではないということです。

その道のプロになりたいなら、「介護士」という寄り道をするのではなく、厳しくとも「その世界」で挑戦し続けるべきだと思います。

介護士という職業は、本当に定義できないほど幅広い人が目指す仕事です。

中高年で特にこれまで資格や経歴がない場合でも、「介護士」なら採用されるというのは、介護士の特徴的な部分です。

しかし、実際には、介護士でも医学に精通していたり、運動科学に関する知識があったり、経営マネジメントや家庭料理に興味があるなど、もう少し頑張れば「その道の専門家」になれる人が働いていたりします。

というのも、高齢者の方で介護施設を利用することになった人は、ほんの数年前まで巷で一般人として普通に生活していました。

つまりは、それぞれが生きて来た「道のり」は、誰かと同じではありません。

そんな人たちに介護士は寄り添うのですから、例えば「医師顔負けの知識」や「弁護士同等の法律知識」を持っていたとしても、それだけで介護はできません。

歌手やダンサーになることと同じくらい、「介護士」として働くことは大変なのです。

だからこそ、もしも自分に夢があるなら、わざわざ「介護士」にならなくてもいいと思います。

中高年にとっての「介護士」とは?

こみちの働く介護施設にも、たくさんの中高年スタッフが働いています。

あまり、プライベートを聞かないので詳しくはわかりませんが、「別の資格」でも働けるのに介護士になったという人を知りません。

つまり、中高年スタッフの多くは、介護士なら採用されると考えて、業界入りした人たちです。

また、30代の若いスタッフの中にも、学校を出て「介護士」しかして来なかったから、別の業界に行くのが怖いと教えてくれた人がいます。

「パソコンが使えないから」と口にするのは、よく聞く「あるある」ですが、本当に目指した仕事があるなら、苦手なパソコンだって使えるようになると思うのですが。

その意味では、介護士を続ける理由は、介護の面白さというよりも、「慣れ」から来るのでしょう。

しかしながら、こみちが介護士を経験して分かったことは、介護士を知ると「作業療法士」や「看護師」を目指したくなりました。

それは単純に介護士の与えられる領域が中途半端で、利用者に何かしてあげたくても、資格がないので「できない」ことが多いからです。

仕事はいろいろあるけれど、肝心なことはさせてもらえない。それが介護士として歯痒く感じます。

言い換えれば、看護師の資格を持ちながら、介護士と同じフィールドで働くことができればもっとやりがいが出て来そうです。

しかし、それでは時間とお金を使って獲得した「資格」を有効に活用できません。

そうなんです。介護士として働く理由は、「他に活用したい資格」がないからなのです。

こみちが中高年の方にオススメする介護士としての働き方は、施設で3年以上経験を積み「国家資格」を取ることです。

つまり、介護福祉士という肩書きを得て、そこからもう一度、将来の方向性を再検討してはと思うのです。

これが、初任者研修だとすると、現実的にはほとんど知識や経験に違いがなかったとしても、「強み」にはなり難いからです。

介護福祉士になるには、「3年掛かる」という条件が付きますが、初任者研修だけなら「通信で2ヶ月」で取れます。

働く人にとってはありがたいことなのですが、それを「土台」にする時は、取りやすいことよりも「社会的な評価」が重要だからです。

もちろん、初任者研修しか終えていない介護士でも、介護に熱心な人は大勢います。

しかしここでいう肩書きとしては、熱心よりも「社会的信頼」という意味合いが重要なのです。

ある認知症の利用者が駆け込んで来た!?

たまにあることなのですが、他部署の利用者がこみちの部署にやって来たりします。

ただ話相手を探しに来たということもありますが、他部署の応対に耐えられなくて駆け込んで来る利用者もいます。

介護経験のない人は、認知症の利用者と言われてもイメージし難いかも知れません。

また、実際に経験がある人でも、「大変だ」という認識かもしれません。

こみちも認知症の利用者に詳しいわけではありませんが、しばらく話をしていると強張っていた表情が和らぎ、笑顔や微笑んでくれることも経験しています。

笑顔や微笑んでくれる利用者の大半は、完全に心を閉ざしていない人です。

それ故に、強制的な態度に拒絶感が生まれ、逃げ出してくるのです。

そうなる前に、「どうしましたか?」と利用者の望みや訴えに耳を貸す一歩が必要です。

しかし、介護士が寄り添う場合、どんな知識や経験が相手の安心に訴えられるかわかりません。

中には「みんなに迷惑だから!!」と言って、そんな利用者を連れ戻そうと試みる介護士もいるくらいです。

少なくとも、施設に身を置く利用者というのは、「逃げ場」がありません。

とても孤独で、安心できない場所なのです。

そんな場所を介護士が笑顔で接し、利用者に「心地よい場所」だと思ってもらうのですから、容易なことではありません。

逃げ出した利用者は、「怖い」とか「帰りたくない」と何度も言います。

とても当たり前のことを言っているのに、介護士はそれを理解出来ません。

「何で分からないの!」と言い続ける介護士に、「利用者の気持ちになれませんか?」と言いたくなるほどです。

だからこそ施設の「介護方針」が大切

介護士として働く人に、「介護」を多角的に理解してもらうのは大変です。

逆に理解できる人なら、別の仕事でも十分に活躍できるでしょうし、介護士を続ける理由が見つかりません。

ただ、人の役に立ちたいとか、将来的に自分の両親や伴侶を介護したいなら別ですが。

だとすれば、施設の方から、介護士が働きやすくなる「工夫」をすればいいのです。

例えば、認知症とはどんな心理状態なのかを「勉強会」などを通じて介護士が学べばいいのです。

こみちの場合も実務者研修を受けたときに、「認知症」に関するビデオや取り組み方をいろいろと学べました。

もちろんそれだけではなく、こみち自身も介護士として働きながら利用者との関わりから「勉強」させてもらいました。

それで完璧とは思っていませんが、「そんな介護」はないだろうと思うことも多々あるのです。

自分で学べる人は、放って置いても身につけます。

しかし、誘導すれば学習できる人もいます。

そして、どんなに教えても、それを身につけようとしない人も残念ですがいます。

施設は、環境さえあれば頑張れる人を対象に、介護方針を打ち出すべきです。

そのためには、施設の幹部が、介護方針を決める「意義」に気づかなければいけません。

そこもまた、「適切な誘導」が必要となるでしょう。

なぜ介護施設なのか?

経営マネジメントの達人なら、きっとそんなこだわりは持たないでしょう。

なぜなら、異業種の方が結果を出しやすいはずですし、「介護保険制度」の限界に気づくからです。

でもそれだけではないと分かっているからこそ、働きがいのある職場環境を介護施設でも作ろうとするのです。

ただ、現実はそう簡単ではなさそうです。

逃げ出した利用者を見て、これではいけないと思えた人がどれだけ動けるかが今度を決めるのでしょう。