20代30代の現役介護士を見て「10年後はどうなの?」と思うこと

 中高年になって分かった「介護」の本質

利用者の心にある「残り時間」という意識に気づいたのは、こみち自身も40代を迎えた頃からです。

少なくとも、同じような生活を続けるだけでは、夢をつかむことはできません。

結果が出ないとしても、昨日とは違う「一歩」を試すしか方法はないのです。

施設に入所している人の中には、すでに「覚悟」を決めてしまった人もいます。

一方で、「夢」を持ち続けている人もいるのです。

そんな人にとって、介護士の「待っていてください」という言葉がどれだけ無情なことかは、中高年の人なら想像できるでしょう。

少なくとも、こみちが20代の時は、「時間は無制限」であり、「いつか叶う」という方法も不安ではありませんでした。

しかし、40代にもなれば、「人生を変える」ことが如何に大変で、まして今以上の自分を手に入れるのは周到な準備と取り組みが不可欠です。

また、自身の考え方という「狭い領域」ではなく、「社会の中での自分」を見据えて行動しなければなりません。

特に男性の利用者の場合には、表面的な声掛けだけでは上手く寄り添えない時があるでしょう。

なぜそうなるのかは、とても単純明解で、相手が考える時に「気になるポイント」を意識しなかったからです。

パソコン操作を学びたいという若い介護士

パソコン操作ができたとしても、今はそれだけで「稼ぐ」ことはできません。

もちろん例外はあります。

ただ、ここでいう「パソコン操作」とは、一般的な書類を作成するスキルを指します。

高校や専門学校を出て、すぐに介護業界で働いている場合、意外とパソコン操作に慣れていない人もいるようです。

問題なのは、基本操作ができるか否かではなく、「パソコン操作とは?」の答えが「操作知識」だったりすることです。

「エクセルで「セルの結合」ができるとパソコンに詳しい」というような判断をしてしまうと、介護でも「オムツ交換」が介護の本質だと思い込んでしまうからです。

そもそも、仕事としてのパソコン操作もオムツ交換も、「利用者満足度」に他なりません。

その意味では「自己満足」は大きな障壁で、自身の成長を阻害するでしょう。

というのも、こみちは忘れてしまった操作をネットで検索します。

「なるほどね!」と見れば思い出すことも多いのです。

なぜそうなるのかというと、頭の中ではすでに「手順」が完成しています。

しかしながら、部分的に「実際の操作」が分からないのです。

「確か、セルは連結させられるはずだ!」

だからこそ、その方法を探すのです。

心配になるのは、こみちが常識だと思っていることも、時に相手は初めてのことだったりすることです。

利用者の様子を見て、当然にこう対応するだろうという一手を打たないのは、その思考に繋がる経験がないからかも知れません。

自分は若く身体が動く。利用者は動かない。

その立場からスタートすれば、利用者は特別な存在に感じるでしょう。

しかしながら、40代を過ぎれば、多くの人が「高齢者」の心情をくみ取ることができます。

時々聞く「寝たい」と訴える利用者の気持ちもむげにするのは、若い頃なら徹夜もできたからでしょう。

それが段々と老いてきて、中高年になれば「疲れ」を感じるようになるのです。

介護士としては、直接的にその経験が無くても、相手を見て状況を理解し察することができるべきです。

そうでなければ、若い介護士は高齢者介護ができなくなってしまいます。

介護現場の「質」を上げる難しさ

こみちは、介護を知ることで次のステップにしたいと思っています。

その言葉の意図は、介護でも異業種でも、「問題となるのは同じ」だからです。

ただ、介護という舞台で、これまでの経験を活用したいと思うからこそ、未経験からスタートしました。

今、オムツ交換や入浴介助もできるようになり、いろいろな利用者に応じた介護サービスを模索する段階に突入しています。

具体的には、介護リハビリだったり、精神障害がある人の寄り添いなど、いろいろなケースを現場で体験しながら、「介護」の可能性を探っている日々です。

だからこそ、施設運営にも興味がありますし、スタッフの育成やスキルアップの道筋など、課題も無限に思いつきます。

このことが、こみちにとっての「次のステップ」になるのですが、一方で「介護現場」の困惑も十分に経験できました。

「介護って〇〇することでしょう?」と、早い段階で結論を出してしまう介護士が多くいます。

ある意味で間違いではありませんが、ある意味では取り返しのつかない大きなミスもしているのです。

というのも、相手のことを100%理解できていればいいのですが、半分も知らない状態で結果を導くのは少し「一方的」です。

しかし、実際の介護現場では、そんな押しつけ介護が横行していて、利用者への説明が不十分だったりします。

少なくとも、「上司が言ったから」という無責任な説明は使うべきではありません。

自身で咀嚼し、どうしてそれが「介護」なのか考えることです。

20代30代の時にしっかりと行って来た人は、中高年になって介護始めても、手順さえ覚えれば、介護の本質などすぐに分かるでしょう。

逆に、表面的な現象ばかり追って来た人は、中高年になってからも「同じこと」を繰り返します。

若いから仕方ないと思われて来たことが、10年経つ頃には「介護職しかできない中高年」になってしまいます。

業務上の書類を作るだけのパソコンスキルや、利用者に喜ばれない介護など、誰のために働いているのかさえ分からななってくるでしょう。

職場でも、仕事上のストレスで体調を崩してしまい、もう何ヶ月も休職している介護士もいます。

とても残念なことですが、もう少し若い時に「変化する」べきだったのです。

こみちの課題

こみちが介護士になったのは、ある意味で「現実逃避」でした。

新しいことなら知らなくても当然ですし、教わる立場なら気楽だったからです。

もちろん、大変な部分もありましたし、先輩からのプレッシャーも感じました。

でも今はそんなプレッシャーを感じることはありません。

というのも、「越えるべき課題」はどこにいても同じだと分かったからです。

年齢や経験によっても異なるとは思いますが、こみちの場合には「どう繋ぐのか?」に尽きます。

このブログの活用方法もそうですが、介護士としての課題克服も同様です。

少し前までなら、作業療法士にも興味がありましたが、肩書きとしての憧れは感じるものの、その資格が無ければ始まらないとも思いません。

でもコロナの影響は感じます。

貴重な1年を無駄にしないように、「今できること」を見つけて取り組みたいからです。