個人主義?それともグループで?
サラリーマンを経験したこみちは、介護士になっていろんな驚きがありました。
基本、介護現場はグループでノルマをこなしていきます。
しかしながら、個々のスキルは同じレベルにあるとは言えません。
特に基本スキルの有無が問題と言うよりも、複数の仕事を処理する能力に違いがあるようです。
その意味では、サラリーマンでも決まった仕事を同じ手順で進めていた人と、幾つもの仕事を同時進行させていた人でも異なってくるはずです。
いずれしても、タイミングや条件に合わせて作業を進行できる人ほど、介護現場でも仕事を回せるでしょう。
個人主義という考え方もできますし、グループで連携して行うとも言えるので、介護士の仕事は見方でも異なってきます。
例えば夜勤をする時、より個人主義に近づきます。
日勤帯に比べてスタッフも少なく、一人の介護士がいろんな仕事を担うからです。
逆を言えば、日勤帯はグループでの作業が多く、新人介護士や経験の浅い介護士が「介護」を覚えるのに適しています。
しかし、日勤帯でも「個人主義」が問われる場面はいくつもあります。
その中でも「利用者からの訴え」に対応するのは簡単なことではありません。
なぜなら、利用者が介護士の応対に納得するのは、両者が事実を共有し、前向きに方針を決めた時だからです。
「そうですね」というばかりで、話が一向に進展しなければ、利用者だって「どうなっているんだ!」と怒り出すでしょう。
そうなれないためには、介護士が自身の解決力を踏まえながら、真剣に利用者を向き合えるスタンスが不可欠です。
まさにそこは「個人主義」で、スキルの高さではなく、どれだけ向き合えたかが問われます。
仕事ができるのに、利用者とは向き合わない介護士も知っています。
向き合わないのではなく、向き合えないのかもしれません。
いずれにしても、利用者の対応ができない介護士は、どこまで行っても「グループの一人」と評されるでしょう。
そして、ここでも違うのが、「グループの一人」という評価でも納得してしまう介護士がいることです。
介護士の中には、トイレ誘導もしない人がいます。
できる作業は、お茶を入れたりゴミ捨てをしたりと、介護ではなく「雑用係」のような存在です。
しかし、不思議なもので、できる仕事が少なくても、その仕事を自分の仕事と理解して、積極的に行動する人は多くありません。
つまり、今自分のできる仕事を確実に担いながら、段々とできる仕事を増やしていこうと考える人の方が少ないように感じます。
仕事ができないままの人は、一般的なサラリーマンならリストラの候補です。
考えてみれば、こみちもサラリーマン時代には、会社帰りに講習会や関連する部品を探して専門店を回ったり、いろいろと仕事ができるようになりたくて、行動していたものです。
それは、会社のためというよりも、自分のためだとも言えます。
介護士として働く場合でも、昨日よりもできるようになりたいと思っています。
グループ行動に慣れてしまうと、局面を左右する場面に気づきません。
「ココは手が抜けない」というポイントを超えないので、仕事が残ってしまうのです。
介護士の中には、仕事が処理されていない状態さえも気づいていなかったりします。
「オレはオレなりに!」
ある介護士が言った言葉です。
作業の非効率さを指摘された時に、「オレはオレなりに」と言って周囲を驚かせました。
ある意味、マイペースでもいいでしょう。
問題点はそこではなく、「残った仕事は誰がするのか?」という部分です。
現場にいる誰もが「オレはオレなりに」と言い出せば、必ず手つかずな仕事が出てしまいます。
それさえも「仕方がない」で済ませられたらいいのですが、そうはいかないでしょう。
また、仕方ないとは言えないことを理解している人は、取りこぼした仕事まで背負って、人の何倍も働くのです。
これが「個人主義」なら、その頑張りが評価されるのに、いいところで「グループ主義」となり、頑張りが報われることがありません。
介護士だけとは限らない!?
勤務を終えて、電車に乗り込もうとした時、入り口付近に立っていたサラリーマンが仁王立ちです。
両耳にイヤホンをして、スマホでゲームでもしていたのでしょう。
乗り込めない客の一人が、無理に割り込み、サラリーマンがバランスを崩す場面がありました。
プライベートな時間といえば、サラリーマンが何をしていても構いません。
しかし、公共の場という意味では、周囲にちょっとした配慮があってもいいはずです。
なぜなら、仕事でそんな気遣いをたくさんしてと想像するからです。
しかし、そんな配慮や心遣いもなく、ただ与えられた仕事をするだけでは、そのサラリーマンも中高年になる頃には「自分の居場所」を失うでしょう。
その時に介護士に転職しても、やはり居場所は作れません。
スキルの有る無しでは無いからです。
逆に介護士を選ぶなら、「個人主義」を実現できるくらいの目標を持って、スキルを増やすことでしょう。
ただ、以前にも書きましたが、コミュニケーション能力が高い介護士なら、営業マンでも活躍できます。
あえて介護士である必要はありません。
あるとすれば、自分の家族に介護が必要となった時に、経験を活かすことができるくらいでしょう。
自分で家族を看ることができるというのは、両者にとっても幸せなことですし、できそうでできることではありません。
だからこそ、こみちとしては、中高年の方が「介護士」を選ぶ意味は大きいと思うのです。