入所者の笑顔

仕事中に起こった「癒しの時間」


勤務している介護現場には、中央にフロア全体を見渡せるステーションがある。

事務的な作業をする時も、美品や他部署への連絡をする時などもこのステーションへと戻って来る。

ステーションの使い方はそれだけでは無い。

利用者の憩いの場になっていたりもするからだ。

ある男性利用者は、朝は新聞を読み、午前や午後、時間の空き時間には趣味の「鉛筆画」をしている。

「鉛筆画」と言っても子ども用の塗り絵をベースにしたものだが、「色づかい」に独特の感性があって、絵が好きなこみちはいつも感心させられる。

その日の昼食を終えて、スケジュールとしては備品の補充や利用者の洗濯物をチェックして返却している頃、ふらりとその人が現れた。

「ちょっとハサミを貸してくれないか?」

安全面の観点から、利用者によっては居室での「刃物使用」を控えてもらっている。

「いつものヤツでいいですか?」

可愛いクマの絵がついたハサミは、その方の家族が準備してくれたものだ。

「こみち、どうよ?」

「いいじゃないですか!」

可愛いらしい2匹のウサギが、ピンク色と水色で塗り分けられている。

「こっちはオレ! こっちは…」

「私!?」

「違う。違う。こっちは…」

知っていてこみちがボケると、本気で訂正してくれる。

70代後半になったその男性利用者は、ある人を好きになっていたのだ。

経緯は詳しく分からないが、その男性利用者には配偶者はいない。

しかし、ある人を見て以来、すっかりと好意を感じてしまったのだ。

こみちにすれば、「綺麗な人だなぁ」とか、「優しい人だなぁ」と思うのは自然なことだと感じる。

中高年になったこみちが、ふとそんな感覚になっても不思議ではないからだ。

しかし、そうとは限らない場合もある。

こみちが知らない場所では、彼の好意が想定とは異なった形で現れる。

つまり、「お触り」してしまうのだ。

好意を寄せることと、相手に近づきたい感情はとても違い場所にある。

両者が同じ気持ちであれば、傍目には「イチャイチャ」していると見えるかもしれない。

しかし、一方的の場合には深刻なトラブルにもなりかねない。

「〇〇さんだよ!」

「〇〇さんかなぁ。今日は来ていないじゃないかなぁ?」

「いつ来るの?」

つまり、その男性利用者は、お気に入りの人会いたさに、ステーションに足を運んでいるのだ。

「明日来ますよ!」

「明日!? こっちも見てよ!」

手にしていたのは、パトカーと消防車の絵だ。

丸みのあるデザインで描かれた下絵に、彼は思いを込めて塗り絵をしていた。

「はみ出さないで塗れる?」

「上手に塗ってますね。私にはこんなに上手には描けませんよ」

「ダメだなぁ〜」

その男性利用者はとても嬉しそうで、まだ手をつけていない下絵をカウンターに広げて、クマのハサミを手にしたのだ。

「何をするの?」

「切るんだよ。ここで切って、ティッシュボックスに貼るのさ」

「なるほど!」

彼は絵を描く以外にも、ティッシュボックスを使っていろんな箱を作る。

聞けば、かつての仕事で、似たような作業をしたことがあると言う。

「大きな作業場にいた頃も、一番だったよ。オレが作るとみんなが驚くんだ」

「器用に切るね」

「嗚呼〜、早く〇〇さんに会いたいなぁ」

鼻歌まで飛び出しながら、まだ着色されていない「下絵」が彼の手で型抜きされて行く。

仕事中、こみちが利用者と同じイスに腰掛けることはない。

しかし時には親近感を持ってもらいたい時には、利用者と同じ種類のイスに座ることもある。

男性利用者からの勧めもあって、こみちが並んで腰掛けると、いろんな人が声掛けてくれる。

最初に声を掛けてくれたのは、掃除係の女性だった。

「あら、仲良いこと!」

振り返ると、その人は要領を知っていて、男性利用者の手もとに視線を落とす。

「上手に塗ってあるわねぇ!」

すると、男性利用者はこみちの方に身体を寄せて来て、嬉しそうに微笑むのだ。

「良かったですね。褒められた!」

「これは〇〇さんにあげるんだ!」

利用者の好意はもう周知の事実となっていた。

別の時には女性利用者がふらりと現れる。

彼とは別の理由でステーションに度々来る人もいるし、本当にふらっと現れる人もいる。

「どうしました?」

あまりステーションに来ない女性だった。

笑顔を浮かべたものの、こみちは少し緊張した。

「ここに座ってもいいの?」

「いいですよ。こみちのとなりにどうぞ!」

ちょうど男性女性の利用者に挟まれる格好で、三人並んでカウンターに腰掛けた。

「どうしましたか?」

「別に…」

「お茶でも飲みますか?」

「うん、そうね」

「〇〇さんは?」

こみちが男性利用者に声かけると、「飲みたい」と答えた。

都合上、3つのコップがカウンターに並んだ。

勤務中に介護士が利用者の前で飲むことはしないのだが、今回は例外的だ。

「ウチの息子、今度卒業するの!」

不意に話始めたのは、女性利用者の懐かしい昔話だった。

「そうなんですね。卒業、おめでとうございます!」

「やっとよ。大学で留年したでしょう。親としてはホッとしているのよ」

なぜかこみちといる時、今は立派になった息子の学生時代を思い出すらしい。

「お茶、美味しい!」

「良かったです」

右を見ては塗り絵の話を、左を向いては卒業の話を続けていた。

それでも傍目には三人が話しているように見えるのだろう。

「何、楽しいことしているの!?」

現れたのは、配薬を届けに来た看護師だった。

「ここに置いておきますね」

「ありがとうございます」

「お茶!? いいなぁ〜」

「飲みますか?」

「いい、いい。楽しそう!」

特別な時間ではない。

しかし、利用者と介護士が同じ目線で過ごすのは、そうそうあることではない。

こみち自身もそんな時間を過ごした中で、「介護」って何だろうと思えた。

よく、我々は「いい施設」を探す。

基本は環境整備充実度と、介護士の作業スキル管理が整っていることを指している。

しかし、こみちとしては、こんなたわいない「時間」に癒されるし、男女の利用者の自然な笑顔や落ち着きは何事にも代えがたい。

まるで井戸端会議でもしている感覚だろう。

きっと、時間にすれば10分とか、15分の話だ。

しかしながら、そんな時間を過ごせた時、介護士として、1人の人間として、介護を経験したことを実感する。

さながら、ステーションのカウンターは、喫茶店のカウンターなのだ。

ふらりと来て、話をしたり、絵や編み物をしたり、いろんな時間の過ごし方をして、心地よい時間を共有するのだ。