利用者の快適さをどう提供するか?

介護士の役割


勤務中、同僚の介護士から声が掛かり、担当ではないエリアの利用者のもとに行くことになりました。

気難しい所がある利用者ですが、普段はとても穏やかな人で、こみち自身はいろいろと学ばせてもらっています。

「機嫌が悪くなってしまったみたいで」

利用者として苦手意識はないのですが、エリアを超えた対応には気が進みません。

それでも断りきれずに、ご立腹の利用者に会いに行きました。

「〇〇さん、どうしたんですか?」

「要らないと言ったら要らない!!」

過去にもこれくらい機嫌が悪くなったことがありますが、ここまで来るには幾つものミスジャッジをしているはずです。

「要らない」と初めて口にした時、「どうして要らないの?」ではなく、「食べなさい!!」と半ば強引に口を開けさせるような行動でもしたのでしょう。

もちろん、それだけではあれ程まで怒る人ではありません。

拒絶の意思表示を示しているのに、繰り返し強要した経緯があったはずです。

「〇〇さん、私、こみちですよ!」

「本当にしつこいなぁ。向こうに行け!!」

何より、目を開くこともなく、誰かと勘違いしているのか、こみちの言葉にも耳を傾けてはくれません。

「〇〇さん。私ですよ! 分かりますか?」

少し時間を空けてから声掛けして、ようやく目を開いてくれました。

「何があったですか?」

「絶対に仕返ししてやる!!」

不明瞭な言葉で、聞き取り難いものでしたが、かなり物騒な一言でした。

「そっか〜。嫌な気持ちになったですね。お茶でも飲みませんか? 好きなコーヒー牛乳にしますか?」

目の前にあったコップをそっと口もとに近づけると、少しだけ啜ってくれました。

しかし、まだ気持ちは収まっているとは言えず、少し時間を空けてそっとしておくのが良さような雰囲気です。

「ダメですか?」

利用者の元を離れたところで、声を掛けられました。

ただ「ダメ」って何だろうと思ってしまいました。

もしも、利用者がこみちの存在で機嫌を直したとしたら、次回も同じ手を使うでしょう。

本当に大切なことは、機嫌の直し方ではなくて、そうなる前に気づくことなのです。

休日明けに感じていた違和感の正体


こみちが休んだ後は、利用者の様子が変わっているように感じます。

単なる錯覚や偶然かとも思っていましたが、それはどうやら違っていたようです。

ある利用者が、施設での生活を終わりにして帰りたいと訴えて来ました。

理由を聞けば、自分自身に対する不甲斐なさを感じると言うのです。

しかし、その根底にあるのは、信頼できない介護士たちに世話してもらうしかない現実を知っているからです。

「私はねぇ…」

その利用者は、過去に人のためにと頑張って生きて来た自負があります。

困っている人を見つければ、食べ物を渡したこともあると話してくれます。

「もしも私がねぇ。この人を見捨てたら、この人の家族がどんな想いをするのかぁと考えるのよ」

戦中を知らないこみちには、当時の様子をうかがい知ることはできません。

ただ、誰もが食べ物を探していて、生きることに必死だったのでしょう。

優しい言葉では腹を満たせませんが、食べ物なら空腹が解消します。

もっとも、それ自体が事実かどうかも分かりませんが、少なくともそんな気持ちで我々の介護を見た時、「人の温もり」を感じることができないと思っているのでしょう。

「してあげている」と言う気持ちは、想像以上に相手に分かります。

介護士がそんな気持ちで仕事をすれば、利用者は惨めな気持ちになるのです。

それが影響しているのか、担当ではないフロアに来て、利用者が騒ついていることに気づきました。

そこには数名の介護士がいて、楽しげに談笑しているのが分かります。

一方で、利用者が無表情で、退屈そうに見えました。

ふと思ったのは、介護士の関わり方次第で、こうもはっきりと利用者の様子が変わってしまうのかと言うこと。

知っている利用者が別人に見えました。

「私で良いの?」と言う介護士の心理


利用者の心を掴むのが上手い介護士がいます。

ただ最近はこみちのことをライバル視していて、何かと張り合ってきたり、自分の方が利用者から信頼されていると思いたいことが態度に表れています。

確かにこみちよりも長い付き合いの利用者ですし、自分としても負けたくないのでしょう。

しかし、最近耳にした意外な会話は、その介護士が利用者に「こみちじゃないよ。私で良いの?」と聞いていたことです。

こみちは、その介護士の心境も分かるので、「〇〇先輩ができない時はこみちにも無理ですよ!」と伝えます。

「そんなことないよ!」と言うものの、先輩の表情はどこか嬉しいそうですし、認められたことで満たされる何かがあるのです。

介護でも、相手の存在を認めることが大切だと教えられます。

改善点を指摘する前に、しっかりと相手へのリスペクトが必要なのと同じです。

しかし、介護士として働いていても、「承認欲求」が明確な人もいるんだなぁと思ったりします。

その場での正解よりも、相手へのリスペクトが大切で、それがあることで次が生まれることを実感しました。

利用者への敬意も欠かせませんが、同僚や先輩後輩へもしっかりと言葉で誉めることです。

「〇〇さんはこんな所が良いですね!」

今さらと思うかもしれませんが、そうやって言葉にすることで、相手は自信をつけたり、満足感や達成感を得られます。

介護現場は、それこそマネジメントの応用が可能な領域でしょう。

それに加えて体力も求められるので、中高年からの介護士は大変です。

ただ、やり方次第で利用者の表情が明確に変化するので、介護の面白さに気づくとやりがいも出て来るでしょう。

実際、介護に向かないと思われた人でも、そこで働きながら面白さを見出して、辞めずに働いている人がいます。

人相手の大変さもあるものの、それ以上に達成感があるのも介護です。