なぜあの介護士は欠勤してしまうのか?

そこに「ある」ということ


介護を仕事として始めると、「介護とは?」などと考えたりするものです。

こみちも介護士となった当初はよく考えていましたし、自分なりの「介護論」を見つけようとしていました。

実際に介護現場を経験してみると、いろんな介護支援があって、どれが良いとか悪いとかでは判断できないことに気づきます。

ただ一つ言えることは、「そこにある」という事実でしょう。

この言葉が意味するのは、「介護を求める人がいて、我々介護士が支援するという事実」に尽きるのです。

今日、体調不良を理由に欠勤した介護士がいました。

とても仕事熱心な人なのですが、その真面目さ故に時々「欠勤」するのです。

先に言った「そこにある」の原則からすると、介護に熱い情熱を持っていても仕事場にいなければいない人と同じです。

さらに言えば、介護士の身体は一つしかありません。

同時に別々の場所で介護することはできないのです。

つまり、それを実現するには、「組織としての介護」に力を注いでいかないといけません。

ビジネス界では同じような話が展開されますが、介護に限っては「絶対」に行き着かないといけない領域です。

でないと、一部の介護士がシフトに組まれていると成果が出て、動けない介護士の時はサービスも低下することになるからです。

「欠勤」してしまう原因はいろいろあるでしょう。

病気や怪我の場合もあれば、家庭の事情も絡んできます。

ただ、問題なのは職場に出ることに強いストレスを感じてしまうケースでしょう。

仕事ができないことへの焦りということもあれば、職場の人間関係ということも考えられます。

褒められて認められれば、誰だって嬉しいものです。

しかし、責められたり、大変な仕事を押し付けられたりすれば、誰だって気持ちが萎えてくるはずです。

「一人前」と呼ばれる水準は、単に一通りの作業が行えるということではなく、「どんな状況でも自分のスキルで仕事を進めていける人」を指します。

例えば、一人前の介護士が3人いれば、それぞれがどこのポジションに入るのかを打ち合わせれば、出口で再び再会することができるのです。

これが半人前の人も入っていると、やり方が分からなかったり、急に処理速度が低下したり、時には処理できずにパニックになったりと誰かの助けがなければ完了できません。

介護士に限ったことではありませんが、一人前になるには仕事を一つずつしっかり覚えることです。

そして、仕事を流れとして認識し、時には周囲の状況も確認しながら作業できるようになることを目指しましょう。

その先に「そこにある」という意味合いが意義を成し、職場に穴を開けない責任感が生まれます。

作業ができることはそれなりに価値を持ちますが、欠勤してしまうようではその価値は半減し、時に「0」や「マイナス」にもなりかねません。

期待して待っていたのに約束の時間が過ぎても顔を見せず、結局は欠勤した人のポジションまでカバーしながら、いつもよりも急いで動き回るしかないと、連携や信頼関係も失われてしまいます。

それが欠勤してしまう介護士の出勤することへの「ストレス」につながると、負の連鎖になって、職場環境が著しく悪化します。

現場で働く介護士としては、ストレスに押しつぶされない対処も必要です。

介護現場では、多かれ少なかれ利用者は介護士になんらかの支援を求めています。

それはちょっとしたことかもしれませんし、しっかりと介護士に関わって欲しいことかも知れません。

だからこそ、介護士はどんな支援をするべきか考えるのです。

それは言い換えると、出勤時に感じる「ストレス」も同様で、原因を探りどんな改善策が考えられるのかを検討すれば、自分なりの答えや他者からのサポートなどを得られるでしょう。

一見すると別の問題にも感じますが、問題点を見つけて改善策を打ち立てるという流れはどちらも似ています。

急に欠勤する介護士がいたことで、介護現場は質よりもノルマに追われる支援となりました。

誰が良い悪いということではなく、そうなってしまう関係性や言えない悩み、明かせない気持ちや本音にどう向き合っていくのか、本人だけでなく職場全体で考えなければいけない段階に来ていると感じます。