こみちの強みを考える

こみちは介護士に向いていない!


こみちは、介護士に向いていないと感じます。

こみちがイメージする介護士は、日常動作が器用な人です。

例えば、衣類の着脱でしょう。

シャツを着たり、靴下を履いたり、日常的に当たり前の動作ですが、手際よく行うのは簡単なようで難しいものなのです。

こみちなりに感じるのは、上手に着脱できる人は「自分のペース」で取り組めます。

ではこみちはというと、自分がする場合とは異なり、誰かの着脱を手伝い時には相手の様子や不手際さが気になり、慌てたり焦ったりするのです。

ただ、相手にすればそれを気にしていないこともあるのですが、こみちにすれば「待たせてしまった」という気持ちが先に立ち、「苦手だなぁ」と思ってしまいます。

一方で、利用者が感じることや、このタイミングだろうという瞬間が分かります。

こみちが何人もいて、同時にフロアー内を動き回れれば、利用者をもっとストレスフリーにできるとも感じます。

しかし、そうすることが「介護」なのかというと少し違うのかもしれません。

どちらかと言えば、相手の話に耳を傾けて、問題点を見つけたり、改善策を検討して次に繋げることが得意だと思います。

介護現場で介護士をするよりも、相談員や社会福祉士となって活躍した方が、こみちには合っていると思うのです。

もっとも、介護の相談員が適職なら、異業種の中にもできる仕事があると感じます。

介護士を目指すべき人


介護士になって、いろんな介護士を見てきました。

尊敬できる介護士もいますし、なるほどと感じる介護士もいます。

こみちが思う介護士の条件は「利用者を第一」に考えられる人。

勘違いしやすいのは、「召使いになる」でも「価値観を押し付けること」でもないことです。

「第一」を誤解して、利用者の言いなりになる介護士がいます。

利用者は、不満や不平を口にして、少しでも応対が遅いと騒ぎます。

短気の利用者も多く、忙しい介護士の限界を超えた要望にも繋がります。

それでは疲労感だけが募り、介護士としての達成感を得られません。

一方で、「自分の価値観」で働く人もいます。

「まだ早いでしょう!」

こんな風に、とにかく自分の価値観で判断する介護士です。

利用者にすれば、ここぞというタイミングがあってお願いしていることもあります。

そんな時を外せば、その後もモヤモヤ感が続きます。

そんな状況を作ってしまうのは、介護士の応対によるものです。

つまり、自分の価値観を押し付けることで、介護士自身が身動きできない状況に陥ります。

それを利用者のせいにするのは、ちょっと違うでしょう。

そのような誤解をせずに、「利用者第一」で瞬時に判断しながらフロアーを動ける人が、介護士を目指すべきなのです。

解決したいと思い始めると…


介護士として働いている時に、利用者の幸せを考えます。

もちろん、こみち自身の幸せだって叶えられていないくらいなので、他人の幸せにどこまで関われるかは分かりません。

でも、介護士として振る舞っていると、もっとリハビリをしてあげたいし、話相手になってあげたいし、個々にできることを見つけて「その人に合った生きがい」を探したいとも思うのです。

もっとも、そんなことを望んでいない利用者もいます。

施設でのスケジュールに不快がなく、穏やかに過ごしている利用者もたくさんいるのです。

とは言え、施設の介護に不満を感じ、いろんな要望や訴えを伝える利用者もいます。

そして、不満や要望そのものが主題ではなく、その時の応対が大切だったりするのです。

それがポイントだと思っていても、タイミングによってはスケジュールに沿った業務を優先することも多く、利用者が不満そうになる姿もたくさん見ています。

「あの時に…」

その瞬間に出会う度に、介護士の限界を感じてしまいます。

もっと自由に動けたら良いのですが、それは難しい話でしょう。

ただ言えるのは、全部ではなく、自身が「これだ!」と思えるテーマを見つけられたら、それを生涯の仕事に繋げましょう。

こみちはそこに気づき始めて、介護士として働くこととそこから脱皮したい思いの狭間で揺れ動いています。

今は苦手なことを学ぶ期間と思っているので介護士を続けますが、やりたいことや経験してみたいことも増えて来たと感じます。