介護士が見ている世界観
ある利用者が、数日前から身体の痛みを訴えています。
安静にするのも方法ですが、湿布を貼るのも方法でしょう。
しかし、痛みの程度や状態によっては、医師に診察をお願いすることもオススメです。
また、痛みが落ち着いてきたら、ストレッチなどを取り入れて、健康維持に意識を持つことも大切でしょう。
これらは内容は、今に始まったものではなく、「痛いが起こったら」というありがちな返答を並べたものです。
ただ、医師の診察や服薬を伴う方法は、介護士の独断では難しく、施設介護なら尚更、「手続き」に時間が掛かります。
事実、恥ずかしい話ですが、その利用者の痛みはもう一週間になります。
もちろん、医師による診察を経て、基本方針も決定されました。
しかし介護現場では、寝かせておくべきか、起こしておくべきかでも戸惑ってしまいます。
どこまで利用者自身の自然治癒力に頼るべきかは、見解の分かれる部分でもあるでしょう。
少なくとも現場に立つ介護士は、そこまで考えて行動する権限を持ち合わせてはいないのです。
作業療法士からのアドバイス
少し時間を作って、居合わせた作業療法士に「一般的な痛みに関しての対応」を訊ねてみました。
痛みには、筋肉組織に由来するものもあれば、骨そのものに関する場合もあると言います。
もちろん、立ち話での発言なので、それ自体を作業療法士の「認識」と捉えるのは酷かもしれません。
ただ話を聞いていて思うのは、「専門知識」を持っていることの重要性です。
「なぜそんな風に思ったのか?」
意見はいくつもあるでしょうし、正解も一つではないでしょう。
しかしながら、介護士が感覚的に判断するのとは異なり、医師や作業療法士などの専門職は、発言の根拠もしっかりとしています。
介護現場で、これまでの慣習に倣うだけの介護士だけでは、本当に利用者の望むケアをしているのかも不確かです。
介護士を経験したことで感じた気持ち
介護に限らず、「こうして行こう!」と方針を立てるためには、その根拠となる事実や情報がポイントです。
個人で起業する場合、自分がどんなことで成功したいのかを確立させ、そこに至るまでのプロセスと予算や経験者への聞き込みなどが必要でしょう。
中高年の方がこれから転職や起業を見据えて行動する場合、十年後の自分をイメージして、逆算するような計画を立てると、「今、しなければいけないこと」も見えてきます。
そんな風に考えることが当たり前に感じるようになっているのに、介護現場では「利用者の痛み」も緩和できずにいます。
介護士は言われたことをするのが仕事だと言ってしまえばそれまでですが、事実、利用者は介護士の言動で表情が変わります。
少しでも距離をおけば、利用者は敏感に感じ取り、不穏になったり声を張り上げたりして、自分の気持ちを表現します。
「うるさいので黙っていてください!!」
介護士も余裕がなくなるとそんなことを言ってしまうでしょう。
しかし、それでは改善されませんし、両者にとってもストレスです。
ある意味で、介護士自身が、「自分」と「介護士」を分離させ、「介護士」として利用者に関わる方が精神的にも楽なはずです。
しかし、そんな応対は利用者から見れば「うわべ」に感じます。
やはり、介護士が自分と介護士を限りなく近づけて、本音で接すると利用者にも伝わります。
不思議と上手くいっている時の雰囲気は分かるもので、現場が騒ついていても「安心感」があります。
一方で、利用者は静かでも、介護士と交わりがなく、なんだか楽しそうではない時も分かります。
介護士の仕事は、本当に難しいと思う反面、ちょっとしたことにも対応できません。
もっとも、専門家からの意見を聞くこともできない状況になってしまうのは、残念なことです。
これが「ケアマネ」なら改善できるものなのかは、地域性や介護ケアの地位にも関係するでしょう。
医療ケアを優先する場合には、介護ケアはアフターケアに回るのでしょうし、積極的な介護計画に基づく医療ケアの導入となれば介護の役割は重大です。
いずれにしても、介護士の立場で行えることは幅広く、でも一方で方針によっては無力にもなります。
意見や発言権を持つためには、実績や経験なくしては話もできません。
介護士というポジションのあり方を考えさせられる機会となりました。