「永眠」そしてもう一つの別れ

何度遭遇しても慣れることはない…


こみちが出勤し、いつものように引き継ぎのメモに目を通していると、「〇〇さん、意識がないみたいだよ」と同僚が教えてくれました。

そんなこともあるとは思っていましたが、まさかという心境と、全身の毛が逆立つような感覚に襲われました。

「ちょっと見てくる」

忙しい時間帯ではありますしたが居室まで移動すると、利用者家族がベッドを取り囲んでいます。

「こんにちは!」

とっさに出たのはそんな言葉です。

道を開けられるように進み、もう意識のない利用者の白くなった顔を覗き込みました。

「〇〇さん、こみちです! 分かりますか?」

不思議と涙は出てきません。

しかしもう手を握り返してくれることもなく、ほのかに温かい肌を摩るようにして、もう一度声を掛けました。

その時に気づいたのですが、先に別の介護士もいたようで、奥から聞こえる彼女のすすり泣きが事の重大さを伝えます。

「〇〇さん。〇〇さん!」

もう数日前とは違います。

声を掛けてもいつものような笑顔も、強く握り返してくれることもありません。

それほど、目の前に横たわる利用者は、別人になっていました。

その時に居室に居させてもらったのは、きっと5分くらいでしょう。

付けている無線機に呼び出しがあり、「すいません」と伝えて部屋を出ました。

他の利用者たちはというと、普段と変わりません。

というのも、そんな風にしているようでした。

「お茶で良かったですか?」

べつの利用者に差し出した時、「大丈夫なの?」と小さな声で尋ねられました。

驚いたのは、それまで何事もなかったように振る舞って見えた利用者たちが、本当はとても心配していたことです。

わざと顔をこちらにも向けませんが、しっかりと聞いているのを感じ取れました。

「お茶ですよ」

こみちは、そんな風にしか言えません。

「嗚呼、うん。ありがとう」

利用者もそれ以上は聞いてきませんでした。

その頃、まだ息はあったはずです。

介護士や看護師は一旦部屋を出て、親族だけが集まっている状況になりました。

1時間、2時間と経過したでしょうか。

一本のコールが、無線機を持った介護士全員に届きました。

「〇〇さん」

きっと部屋番号を見て、同じように思ったことでしょう。

こみちは、別の仕事をしていて、すぐに動けませんでした。

しかし、数名の看護師の慌しい声と、少し遅れて医師も現れました。

来る時が来たのです。

これまでにも、心臓マッサージを含めて、いろんな利用者に遭遇しましたが、慣れるということはありません。

ベッドごと居室から出て来て、遅れて親族も現れました。

医師や看護師、介護士に頭を下げている姿があります。

何だか、人生は呆気ないものです。

だからこそ、1日を真剣に生きなければいけません。

夕方、夜勤の担当介護士が出勤して来ました。

「本当に?」

連絡メモを見て、とても驚いています。

こみちだってまだ信じられません。

いつものテーブルに座っていると思ってしまいます。

しかし、過去にお見送りした利用者がそうであるように、月日が経つに連れて、〇〇さんのことは胸にしまった思い出になっていきます。

ふと、思い出して、「あんな時もあったなぁ」と振り返ることになるのですが、今はまだ「信じられない」心境です。

もう一つの別れ…


特養に移ることになった別の利用者とも、最後の挨拶をさせてもらいました。

「お元気で」

そう言って最後を見送ったのですが、もう部屋にはその方の荷物もなく、明日には新しい人が来ることになっています。

今日は何だかいろんなことがありました。

介護という仕事の奥深さを感じた1日です。