介護士は「接客業」だ!?
こみちはもう50年近く「自分」と関わって来ました。
それでも、未だに知らない自分に出会います。
つまり、利用者と数回話し合っただけで、どれだけ知ることが理解できるものでしょうか。
施設介護を提供する場合、「ケアプラン」が立てられます。
半年先の未来像を踏まえて、必要となる介護サービスが提供されます。
我々介護士は、ケアプランに従って利用者のケアに務めるのですが、その際に「自立支援」や「個人の尊重」などを心掛けるように教えられます。
ところが実際に介護士という仕事をして、「これはどうかなぁ?」と思ったことに「介護士の専門職への意識」があります。
誤解して欲しくないのは、友どち感覚から「仕事」として意識を切り替える「専門職への意識」ではなく、「介護士自身の尊厳を守る」ことから「利用者目線」に切り替える意識改革を指しています。
こみちは、施設入所した利用者の中で、「自宅」よりも居心地が良いと言った人を知りません。
それは、当然のことだと思います。
つまり、自宅とは、自身が目指したい暮らしを実現しやすい環境でもあり、施設はどうしても合理的に統一された環境になるからです。
そして、入所間もない利用者の多くは、環境の変化、つまり「自宅には戻れない」という現実を受け入れられるまで落ち着きません。
我々世代には想像できないかも知れませんが、例えば転勤や転職で知らない環境に置かれることを考えれば、これから起こる変化に積極的になれる部分と消極的になってしまう部分があるのは経験済みでしょう。
それはつまり、介護士が専門意識を抱くことではなく、利用者が置かれた立場にどう寄り支えられるかが求められるのであって、独立した介護技術でも補いきれない部分なのです。
我々介護士が介護技術学ぶ際にも、その事実を理解していることが大切です。
誰もが他人から認められたいという潜在意識を持っていて、褒められた嫌な気分にはなりません。
だからといって、介護士自身が他人に「〇〇さんって仕事できますね!」と言われるために仕事をしているのではないでしょう。
むしろ、一番重要な部分は利用者に提供し、地味で面倒な作業を介護士がカバーすることが介護士の仕事だと思うのです。
そんな話をすると、利用者が我がままになると指摘されるかも知れませんが、そこからが「人間関係」なのでしょう。
こみちは現場で徹底的に利用者優先を目指しています。
しかし、応じられないことが多いのは、施設で決めたスケジュールがあるからです。
また、同じ時間帯に入った介護士それぞれの意識も異なり、スケジュールだけを熟そうとしている人がいると、バタバタ忙しい割に「介護」する時間がないことも否めません。
例えば、朝食を終えたあと、入浴組と排せつ介助組に分かれます。
入浴組がフロア業務をすべて放棄したまま浴室に行ってしまうと、残されたグループは排せつの前にフロアの片付けや残された利用者の口腔ケアなどを行います。
もちろん、排せつ介助の後にも業務は予定されているので、残された業務だけに追われてはいられません。
スケジュールを熟すことが大変になると、結局のところ、利用者は放置されます。
大切なのはここからで、入浴組がフロア業務を押し付けたことで、入浴する利用者たちにメリットがあればそれも「介護」となるでしょう。
しかし多くの場合、「風呂に入る」をいうスケジュールが行われるだけで、利用者に笑顔もないままフロアに戻って来ます。
なぜ、笑顔がないのでしょうか。
それは単純に介護士が「ノルマ」を提供していないからです。
利用者にしても、「風呂に入れてもらっている」という感覚で、潜在的には「自宅なら自分らしく時間を過ごせるのに…」という想いになるのでしょう。
楽しいことも辛いことも
生きている限り、楽しいことも辛いこともあります。
90%以上楽しくて、ほとんど辛いことがないという人生の人もいれば、大半のことが辛くて楽しかった記憶は数えるほどしかないという人もいるはずです。
しかし、全部が楽しい人や逆に辛い人は、とても少ないはずです。
なぜなら、辛いことの中にも小さな楽しいことはあって、楽しいことの中にも辛いことが隠れているからです。
こみちの経験で申し訳ないですが、幼少期にお金だけを渡されて一人で両親が帰宅するまで過ごしていた時期がありました。
学校から帰っても家には誰もいません。
テーブルに置かれたお金が、こみちの夕飯です。
結論的なことを言えば、「お金」でできることって多くはありません。
少なくとも「寂しさ」や「孤独感」を払拭できる力はありません。
つまり、どんな人にとっても「心を満たす」のは大変なのです。
「洗ってあげている」という介護士の態度をみて、利用者が笑顔になるとは思えません。
「大変な仕事をしてあげているのだ」と、利用者には切ない想いを感じさせるだけです。
それを介護士が「優越感」に思ってしまうと、利用者との関係は壊れてしまいます。
しかし、介護士もまた人で、「認められたい存在」なのです。
徹底的に「支える」ことはかなり難しいでしょう。
つまり、「寄り添い」とは、そんな余計な感情を「ゼロ」にすることだと思います。
上から目線とも言われる、専門家のように理屈っぽい話など利用者は求めていません。
今まで自宅で暮らしていたような気持ちになりたいだけだからです。
もちろん、施設では同じような暮らしはできないのも理解されていて、だからこそ不満を口にしたり、暴れてみたりするのです。
「ダメでしょう!」と叱って直るでしょうか。
利用者だってどこかで分かっていて、でも出てしまう行為なので、「優しく寄り添う」ことが介護士に求められる場面です。
甘やかすのではありません。「寄り添う」のです。
「どうしたの? お茶でも飲む?」
水分補給ではなく、「ひと息入れましょう」という介護士の配慮が利用者に届いたら嬉しいことです。
なんなら二人分用意して、一緒に飲んでもいいでしょう。
「美味しいですね。また飲みましょう」
そんな風に寄り添えないでしょうか。
こみちは介護現場でそんな「介護サービス」を心がけています。
入所している利用者に笑顔で、「こみち、ちょっと!」と呼んでもらえることも増えました。
「ご飯は美味しかったですか?」と聞けば、「美味しかった。満腹よ!」とお腹を摩ってくれたりします。
もちろん、自宅とは同じようにはなりません。
しかし施設にいても、「美味しかった」という気持ちになってもらえたら、介護士としてやりがいになるのです。