仕事探しは明日への希望
こみちは介護士として働いています。
介護士なら中高年世代からでも始められますし、健康であれば70代でも現役を続けている方もたくさんいます。
それだけに、中高年の内に介護の基本スキルを身につけておけば、将来的にも長く働けるのではないかと思ったのです。
一方で、実際に介護士として働いてみて、こみち自身はちょっと残念に感じる部分も見つけてしまいました。
それは「介護サービス」を通じて利用者の幸せにどれだけ貢献できただろうかという部分です。
少人数を担当する「ユニット介護」に所属していることもあり、わりと勤務中でも利用者との触れ合いは多い方だと感じます。
多い時なら、同時に3名くらいの利用者から様々なお願いをされて、順番に対応しつつ、事前に決められたタイムスケジュールに沿って働いている感じです。
時には利用者と話すことも「介護サービス」だったりします。
と言うのも、その利用者は明瞭な発音ができません。
他の介護士が何度も聞き返すことで、段々と話す相手を絞っているようにも感じます。
幸い、こみちはその利用者の会話を聞き取ることができるので、いろんな話をしてもらいながら、発音のリハビリを兼ねているというわけです。
利用者との触れ合いがなければ、こみちは介護士を続けられないかも知れません。
それくらい利用者がモチベーションになっているので、どう寄り添えたら今以上に利用者の暮らしが満たされるだろうかと考えます。
別の記事では「自宅復帰」にこだわっていることも紹介しましたが、それぞれの家庭事情もあるので、一介護士がどうすることもできないのは仕方ないのは十分に理解しています。
ただ、自分らしく生きるというのは、こみちが自分自身にも問いかけているテーマなので、余計にどうにかならないのだろうかと感じてしまうのです。
そこで、こみち自身が本当はどんな風に暮らしたのかをもう一度考え直してみることにしました。
その中には、もちろん仕事探しも含まれます。
場合によっては、介護士以外の仕事が見つかるかも知れません。
こみちの仕事選びは「繋ぐこと」がテーマ
もう10年以上も前から、こみちは何かと何かを繋げられる仕事に携わりたいと思っていました。
そこで思いつくのは「営業職」になります。
営業職と言っても、扱い商品やサービスによってかなり幅広いのですが、バイクが好きだったので、「バイク店」や「バイク雑誌」に就職したいと思った時期もありました。
ただ、バイク雑誌の会社を受けた時は、誌面を作る担当者を募集していたようで、「営業職」として活躍したかったこみちの熱意は伝わりませんでした。
今にして思えば、誌面づくりから徐々にポジションを変えることもできたはずです。
今だと、保険屋さんなども魅力的かなぁと感じます。
ノルマがありそうなので、大変な部分も感じますが、中高年世代になると「保険」のありがたみも十分に感じますし、相手にとってその保険がどう良いのかを説明できそうな気がします。
繋ぐという意味では、ドライバーという選択もあるでしょう。
ただ、仕事として車やバイクを運転するというのは、こみちには向いていない気がするので、できれば候補から外しておきたいと思います。
運転という意味では、「ドローン」の操縦士には興味があります。
カメラも好きなので、その流れから「映像」に挑戦してみたいからです。
ただ、夜景や国内外の観光地などを空撮する仕事は、今からでもニーズがあるのでしょうか。
「きれいな景色だなぁ」から先が分からないので、現時点では趣味にしたい候補になりそうです。
あとは、趣味で描いている「イラスト」で何かできないかなぁというくらいでしょうか。
描くのはとても楽しい作業ですが、「自己満足」の域を越えないので、結婚式などで使われるイラストボードのような仕事を受けて描くイメージもできません。
というのも、こみちがイラストを描く理由は、マンガやアニメが好きだったからではなく、見た記憶を残す手段として使っていたからです。
今となっては、スマホでパシャリと撮影すれば済むのですが、当時は「描くこと」が唯一の方法だったのです。
そして最後が、介護職になります。
本音を言うと、介護職に向いていないのはとても感じます。
もっと淡々と作業できる人の方が、介護士として適しているでしょう。
「介護とは?」や「自立支援とは?」など、もちろん考えることも大切なのですが、介護現場で優先されるのはすぐに動けるフットワークです。
理屈や理由をあれこれと考えて結論を導き出せれば良いのですが、利用者にとっての幸せを介護職の立場で全面的に支えることなど無理に等しい話です。
つまりは、できることをしっかりとしてあげることが大切で、時に一緒に考えたり悩んだり、あくまでも利用者のポジションで寄り添うことが重要だと思います。
そう考えると、もっと異なる役割で、利用者の幸せに貢献できないだろうかと考えてしまうのです。
例えば、「高齢者介護ではなく、障がい者支援の方があっていないだろうか」とか、「介護職ではなく作業療法士などのリハビリを提供できる人が良いのではないか」など、可能性を探りたくなるのです。
もっと異なる志しで日々の介護現場に出られている介護士も多いとは思いますが、どうにも何もできていない気がして満たされません。
もしも今の自分に対して、介護職以外にできることはないと決まっていたら、利用者の幸せも今を大切にすることで良いと思えるかも知れません。
しかし、どこかで自分に可能性があると思っていて、だからこそ利用者にも何かできるのではないかと感じことが、介護職を続けるうえでは苦しさにもつながるのです。
例えば、こみちがドローンの操縦士になり、何らかの映像を作ることで、利用者が諦めていた景色を見せられたとしたら、それも広い意味で「介護」になると思います。
何も介護施設で利用者の食事や排せつを支えることだけが介護サービスではなく、柔軟に考えても良いのかなぁと思ってしまうのです。
そうは言っても、施設で待ってくれている利用者に会えなくなるもの辛いものがあって、介護現場に携われることも喜びではあります。
そのあたりの悶々ととした悩みが、この頃のこみちをブルーにさせるのです。
せめて、次の展開があると言う確認ができれば、「現状」を維持できるように思います。