「ありがとう」という言葉に
介護士になって、「ありがとう」という言葉をよく耳にするようになりました。
何かをした時にもお礼として利用者から言われる言葉でもあるのですが、常々「ありがとう」は本当に意味深いと感じます。
先週のことだったと記憶しています。
こみちが休日明けで出勤した時、ある利用者がベッド上にいました。
その方は普段車イスを使うのですが、補助すれば100メートルくらい歩くこともできる元気な人です。
トイレに関しても、軽い高次脳機能障害があり、手順を忘れたり逆になったりする時もありますが、声掛けがあれば十分に用を済ませられます。
「ご飯は美味しかったですか?」
朝や昼、トイレ誘導を行う際の声掛けです。
「もう、お腹いっぱい! ありがとうねェ」
というのがその人の決まり文句になっています。
「トイレに行ったら、歯磨きもしましょう!」
車イスを押しながら、よく話す内容を交わします。
「トイレは済みました?」
「ン!? 何?」
「トイレ。トイレですよ!」
「嗚呼、してもいいの?」
「いいですよ」
「ありがとうねェ」
そんな穏やかな性格の利用者ですが、他の利用者とは一日中別行動で、ここ数日間は部屋から出ていません。
食事もベッド上ですし、オムツの使うようになってトイレにも行きません。
経験豊かなベテランの介護士の話では、処置が限られる介護施設にいるよりも病院で診察してもらった方がいいと聞きました。
既往症の痛風らしいのですが、症状としては熱が出て肩や膝などに腫れがあります。
この前に話し掛けた時は、もっと酷いもので、表情もかなり険しく苦しそうでした。
それがここに来て少し落ち着いたのか、呼び方にも応じてくれます。
「〇〇さん。これからお尻をキレイにしますよ。イイですか?」
「ありがとうね」
「身体を触るから少し痛いかも知れませんよ。できるだけ早く終わらせるので、我慢してくださいね!」
そんな呼び掛けをしたこみちですが、前回のように悶絶した姿を見ると、何とも言えない気持ちになってしまいそうです。
ところが、驚いたのはその時に利用者が言った言葉でした。
「貴方がするなら我慢できるわ」
こみちは耳を疑いました。
「ええ? 我慢できるの?」
「我慢する」
「ありがとう。痛くないようにするからね!」
そんなやり取りにこみちは胸が熱くなっていました。
少なくとも、前回の拒絶感にかなり凹んでいましたし、人が嫌がる様を見てまだ嫌がることを続けるのは耐えられない気分だったからです。
「イタタタッタ!!!」
「ごめんなさい。痛いですか?」
「イタタタッタ!!!」
我慢するという言葉は何だったのか思うほどでしたが、利用者は悶絶しながら拒絶感いっぱいです。
「ごめんね! 痛いですか?」
嘘つきと内心で思いながら、こみちはオムツ交換を進めます。
ようやく終わりを迎えた後、「痛かったでしょう?」と伝えました。
「ありがとうね!」
意外と表情は穏やかです。
「痛かったでしょう!? ごめんなさいね」
「ありがとうね」
「ありがとうはこっちの方ですよ。痛くしてごめんね! よく頑張りました」
こみちは小さく頭を下げました。
「私は何もしてないわよ。大変なのは貴方の方でしょう!」
「そんなことないですよ。〇〇さん、もう少しで夕食の時間ですよ。あとで一緒に食べましょうね!」
「夕食!? 今何時なの?」
こみちが時間を伝えると、その人は何か考え始め、「昼は食べたかな?」と真顔で言ってきました。
あまりの展開に吹き出して「何を言っているんですか? 昼ご飯、全部食べましたよ!」と伝えると、「そうだったかな」と照れ笑いしています。
もしかすると、オムツ交換の時に感じた痛みは忘れてしまったのかも知れません。
もしかすると、そんな些細なことなど気にも留めていないのかも知れません。
いずれにしても、その人は夕食のことで頭がいっぱいに見えます。
「あとでまた来ますね」
「ありがとね」
部屋を出る前に一礼すると、利用者が笑顔で見送ってくれました。
かなり抜粋した内容になっていますが、利用者が言ってくれる「ありがとう」は、上辺から出てくる言葉ではありません。
どこか介護されていることを理解していて、スタッフに感謝していて、だからこそ見ようによってはイヤなことをするこみちに対しても、「ありがとう」と素直に言ってくれます。
時々、自分の方が介護される側になったら、これほど人に優しくできるだろうかと思います。
実は、この方だけではありません。
こみちが勤務している施設入所している利用者の多くが、当たり前のように「ありがとう」と言ってくれるのです。
介護士をしてみて、自身が利用者の役に立つことよりも、利用者から優しさや人間の大きさを教えられます。
「若くてイイなぁ」
「もう若くないですよ」
「まだまだ若いさ。何でもできる!」
そんなやり取りをする中で思う野は、トイレさえ誰かの助けを待つもどかしさに比べたら、中高年などまだまだ若いのかも知れないこと。
どうせダメだろうと決めつける前に挑戦できることに感謝して生きた方が幸せに感じます。
「ありがとう」と言ってくれる利用者との触れ合いから、介護ってすごい仕事だなぁと再確認できたという話でした。