拒絶と倫理観
こみちが最も心を痛めるのは、利用者が拒絶反応を見せた時です。
性別による違いはないとはいえ、女性介護士の頼もしさを感じます。
最近、入所者された女性利用者で、少し認知機能に低下が見られる方がいます。
「はじめまして」
そんな出会いから、利用者と介護士の関係が始まりました。
しかしながら、休日を挟んだある日、シルバーカーを押せば歩行もできたはずなのに、ベッドで1日を過ごすようになりました。
そして、起き上がることが出来なくなり、トイレにも行けたはずなのにオムツを使っています。
ある時、そんな利用者の元へ、オムツ交換で伺いました。
「〇〇さん、お尻をキレイにしましょう」
辿々しかったはずの会話はなくなり、モゴモゴと何かを呟いている利用者とは視線が合いません。
「オムツ交換しますね。ズボンを下ろしますよ」
こみちが最も嫌な雰囲気です。
「ヘェ〜!!」
利用者が全身を使って「拒絶」を示します。
しかも介護士であるこみちとは視線が合わずに、天井を見るように、時にこみちの背後でも見るようにしてズボンを脱がされないように力を入れて踏ん張るのです。
「お尻をキレイにしましょう!」
こみちが介護士として利用者に応対できる「理由」は、それだけしかありません。
「嗚呼、もうイイ。イヤイヤ!!」
「頑張りましょう。すぐに終わりますから…」
こみちが学生時代、成績が良かった友人の数名は「医学部」へと進学しました。
「何で医学部?」
「そういうこみちは、何で医学部じゃないの?」
「自分に(医者は)できるそうにないし」
「そうか!?」
そんな会話があったことを鮮明に覚えています。
なぜそんなに覚えているのか。
きっとこみちの心のどこかで、この「拒絶」に象徴される人の反応に胸が苦しくなるからです。
別の利用者は、一度、呼吸困難になり、心肺停止状態に陥ったことで施設から病院へと移りました。
呼吸が回復したという話を聞いたのは、施設を離れて数週間以上経ってのことです。
老健は一般の宿泊施設ではないので、利用者の退室と同時に部屋も明け渡します。
その利用者が持ち込んでいた私物も、数時間後にはすべて撤去されるのです。
それでも、空き部屋となったまま、次の入所者を持っている途中で、その方の再入所が知らされました。
入所日を待ち望んでいたのですが。
現れた利用者は表情も姿勢も、目つきも違います。
数週間の間の何があったというのでしょうか。
利用者はまるで別人となり、楽しかった会話もできなくなっていたのです。
「おかえりなさい!」
「……」
こみちがその方の手を取り甲を摩るようにすると、少し反応があります。
しかしその目は、こみちを初めて見るような目でもあったのです。
「寒くはないですか? 少し手が冷たいですね」
介護を仕事でしているとは言え、本当に辛い瞬間です。
そして、今は食べ物を飲み込むことが難しくなってきました。
通常、嚥下機能と呼ばれる飲み込み具合に合わせて、通常食から刻み食、さらにペースト食と、段々飲み込みやすい形状になって提供されます。
それでも飲み込めない利用者の場合には、利用者やその家族との相談を経て、「経管栄養」に切り替えられます。
鼻の穴を使うこともあれば、胃に直接、管を通じて栄養素が注入されるのです。
生命としての維持を保つ行為ではありますが、ほぼ寝たきりになることで、段々と痩せ細り、立ち上がれるような期待は持てません。
もしも、再び口からの食事を望むなら、経管栄養に切り替えて早い時期にリハビリを取り入れる必要があるでしょう。
もちろん、リハビリしたからと言って、機能回復が見込めるとは言えません。
しかしながら、流れに沿えば「ほぼ」経管栄養が食事スタイルになってしまいます。
そして、そんな利用者に介助をしている時、「私は何で生きているのだろうか?」と質問されるのです。
「今まで頑張って仕事をして来たからですよ!」
その後の返事はありません。
こみちに答えを聞きたかったわけでもないでしょうし、天井を見上げていたり、窓から見える空に視線を移したりしています。
これは明確な拒絶ではありませんが、こみちが辛い瞬間です。
そして、嚥下機能の低下が見られる利用者については、今後の対応が現場や家族、栄養士などで相談しています。
ただ家族として延命を望まれないこともあり、経管栄養には切り替わらないと現場の介護士たちは思っています。
このケースでは、食べさせようとしても、口をほとんど開かない状況になったり、口を開いても口から飲み込めない食べ物が出て来てしまいます。
「ゴックンしましょう!」
ほぼ付きっきりで食事介助をしますが、そんな利用者が複数名になれば、それだけ現場の介護士は不足します。
さて、冒頭で紹介した拒絶を示す利用者ですが、どうやら身体に痛みがあるようで、それは既往歴からも判断できます。
さらに、薬による痛みの軽減が医者の診察で判断されるとのことですが、施設を離れて入院もあるでしょう。
ある意味、感情よりも身体的状態から病院や介護施設、自宅療養と分かれるのが一般的な流れです。
しかし、時にはその判断ができるまでに靴を訴える利用者が介護施設に残り、我々が応対することも少なくありません。
ですが、意識が不明瞭で、全身で拒絶を示す利用者を見ると、介護士としてではなく、一人の人間として、戸惑いと胸が苦しくなります。
その方のオムツ交換は、未だになれません。
もしもその方が女性ではなく男性だったら、もっと別の原因にできたでしょう。
嫌がる人に対して、そこに正当な理由があったとしても、やはりこみちは大きなストレスを感じます。
そして、同時に介護や医療に携わる方々の苦労も想像します。