介護士としてのモチベーション

介護は明確な成果が見えない?


個々の利用者との間柄では、問題点や改善点があり、それにどう取り組んでいけばいいのか絶えず問われています。

しかしながら、多くの場合は施設が事前に用意したスケジュールがベースで、それにどれだけ従えたのかを目指します。

具体的な例を挙げると、利用者に提供された「食事をすべて食べさせること」が介護士の任務なのです。

そこで、介護でよく言われている「自立支援」などから、好きな食べ物を選んで食してもらうとか、他の利用者と楽しく談笑しながら食卓を囲むというような視点は優先されません。

もちろん、介護施設の方針に、「食事は楽しく食卓を囲むもの」と定めてあればその限りではないでしょう。

しかしながら、一般的な介護施設で実施される「介護」はスケジュールに沿ったものなのです。

つまり、介護士として求められるのは、利用者の心に寄り添う意識よりも、決められた時間内で提供した食事を完食させることが優先されます。

こみちの苦手な先輩介護士がある利用者に食事介助をしていた時のことです。

利用者は軽い眠気もあって、目の前に食事があるにも関わらず箸が進みません。

そこで、先輩介護士は利用者の名前を呼びながら、親しげにボディータッチを始めます。

半分眠っていた利用者も何事かと目を覚まし、それが介護士だと分かって目を見開いています。

「さぁ、食べましょうね!!」

そこから口の中にスプーンが差し込まれるまでは、本当に一瞬のことでした。

というよりも、利用者は眠気を吹き飛ばし、目の前の事態に口をモゴモゴさせています。

「ごっくんして!」

ある意味で、こみちも驚きました。

利用者の意識ではなく、本能に働きかけていたからです。

決められた時間で食事を済ませるという使命を果たす意味では、先輩介護士の取った方法は一つの正解なのでしょう。

ただ、利用者はよく分からないままに食事を始めて、意識が後から付いてくる感覚です。

それのどこに「個人の尊重」や「自立支援」があるというのでしょうか。

しかしながら、現場の介護士に求められるのは、利用者の幸福感よりも、施設からの指示を満たすことです。

仮に、5分で食事を終えて利用者をベッドに寝かせたとしても、「もっとゆっくりと食事を楽しませてください!」と願い出る利用者家族もいないでしょう。

もちろん、実際には食後すぐにはベッドには行きません。

ただ、それくらいスケジュールを素早く熟せることが、施設に勤める介護士の評価となっています。

特に夕方の食事を早目に終わらせたい理由は、夜間帯はスタッフの人数もグンと少なくなるので、できるだけ利用者を寝かしつけたいという狙いもあるからです。

「眠いですか?」

そんな会話よりも、実際に歯磨きと着替えを済ませて、ベッドで横になっていることが重要なのです。

認知症の利用者の扱い方を再検証する?


いかに利用者が目の前の世界を見ているのか、介護士として寄り添いながら理解を深めることが介護の基本スタイルです。

そのためには、利用者の性格や育った環境などを熟知して、「アセスメント」することになります。

というのは、介護の学校で学ぶことでしょう。

現場では、目の見開き方を基本として、利用者の意識レベルを踏まえて誘導します。

意思疎通を目指してものではなく、唇にスプーンを触れさせて、反応があれば瞬時にスプーンを口の中に差し込みます。

立たせる場合なら、両手を取り、呼びかけと同時に手を引くことで立たせます。

「立ちましょうね!」などの呼びかけなどなくても、「ハイ、立つ!」と言って手を引けば利用者は反応します。

ただ本当にそんな方法を介護と呼んで良いのかは難しいところでしょう。

もっとも、自立支援を目指した方法よりも、短時間で成果をあげられます。

限られたスタッフが多くの利用者を見るには、「効率的」というキーワードが不可欠です。

そこで、例えばもっと利用者に寄り添った介護を…と言った時に、スタッフを増やしてくれるとは限りません。

つまり、どうしても介護が効率優先になってしまうのは自然の流れでしょう。

ただ実際には、そんな介護ほどつまらないものはありません。

利用者を個人として見る意識は下がり、いかに短時間で食べさせるかだけを見て食事介助するからです。

介護という深みのある職業意識を捨て、人間の反応に便乗したテクニックを使い続けることを求められるこの頃。

介護士としてのモチベーションをどう保てば良いのでしょうか。

もしも利用者への対応を、自身の両親にもできるで判断すれば、効率的な介護は遠慮したくなります。

でもそうしないと、スタッフが疲弊して苦労するとなれば、本当にギリギリのせめぎ合いでしょう。