「損」をしたくない心理

「損」と「得」の境界線


「損」と「得」をプラスマイナスで考えるのは、ちょっと危険かもしれません。

前回の記事「レバレッジ効果を…」でも触れましたが、損得を目先の数値に置き換えてしまうと、答えが限定的になります。

例えば、こみちは介護施設に勤務しているのですが、定時のオムツ交換は本来なら誰がしなければいけないものでもありません。

また、交換すると「報酬アップ」になることもないので、単純に面倒なことはしたくないとオムツ交換の時間に姿が見えなくなる介護士もいます。

「これまでたくさんして来たから…」

そういう理由で、日常の仕事を選んでしまう人がいます。

もっとも、オムツ交換と言っても一人の利用者を担当する時間は「5分も掛からない」ことです。

それさえも、大変だと考えるようになると、「お茶ならできるのか」、「食事介助ならできるのか」と介護士として施設にいる意味がどんどん薄れてしまいます。

介護に関わりたくないなら、そうしないでも「稼げる」方法を見つければいいだけなのですが、それだけ「介護」は間口が広いのでしょうか、嫌いと言いながら介護士を続ける先輩方も少なくありません。

こみちが入職した頃、「みんなそんな感じだった?」とさえ思います。

上手か下手かは別としても、一回の作業を経験できることで技術は確実に向上します。

不思議なもので、技術力が付いてくると後輩だったはずの介護士なのに、先輩を「使う」立場に変わります。

もちろんアゴで使うという意味ではありませんが、「こっちに入るので、あっちからお願いします」と現場を仕切るようになるのです。

「仕事をしない」や「上司から評価されないなら手を出さない」という発想は、その内上司も気づきますし、本人がどんな価値観で働いているのかも周囲は理解します。

そんな思考は、とても発展性に乏しいので、自分だけでなく、周囲の労働意欲も削いでしまいます。

「また、あの先輩と一緒だ!」そんな風に思われていることに気づかないのも辛いことです。

つまり、現場には不要な人、人さえ集まれば真先に「肩たたき」される人となるでしょう。

ある話題を議論する時、その序盤ではいろんな意見が出て当然です。

しかし一定時間が過ぎて、結論を導く段階になって、「いまさら」を持ち出すのは適切ではありません。

「もしもこうなったらどうするの?」

一見すると絶妙な指摘かもしれませんが、タイミングを間違えるとこれまでの議論が振り出しに戻り、時間だけ出なくみんなの労力や達成感まで失わせます。

「もう一度、最初から?」

それでは現場は回りませんし、問題がぼっ発した状況のままになります。

もしも自分でするのが億劫や苦痛になったのなら、先輩は後輩の指導に力を注ぐべきでしょう。

そして、人望を集めることで、周囲から評価される人になっていくことです。

介護士の場合、「リーダー」という役職がそれに当たるでしょう。

「損」を避けるあまりに、実は「得」でもなく、「自身の価値」を失っては意味がありません。

言い換えれば、「損得」というよりも、「自身の価値」を高める意識が不可欠です。

だからといって、求められているのは誰よりも「オムツ交換」を率先することでしょうか?

それは違います。

大切なのは、現場で手が回らない状況に陥った時に、「定時のオムツ交換」を手際良く処理したり、不慣れな後輩に「オムツ交換」をレクチャーすることなのです。

以前の職場で「技術を教えること」を嫌う同僚がいました。

苦労して身につけたスキルを簡単に「盗ませたくない」という言い分でした。

既に確立されたスキルというのは、いずれどんな人も身につけるでしょう。

オムツ交換のテクニックを出し惜しみしても、後輩は覚えてしまいます。

それを躊躇するよりも、「別の視点」を見つけて自身がさらに向上するべきです。

「利用者の負担を軽減した方法」や「より着け心地のいい装着方法」など、テーマはいくつも見つかります。

つまり、損と得の境界線というものはとても微妙で、時に背中合わせだったりもします。

「損」を意識し過ぎると、自身の成長さえ停止しかねません。

「次を目指す意識」を忘れてしまう方が、損するよりも怖いことなのです。