もう1人の新人介護士
こみちの勤務する施設には、2人の新人介護士がいます。
2人の入職時期は少し異なるのですが、先に入職された方が体調不良もあって一時期職場から離れていました。
その後、ほぼ同じ時期に働き出したこともあって、本来なら2人は先輩後輩の関係ですが、新人介護士として見られています。
ただ2人の経験値が大きく異なるので、比べる人はいません。
仕事ができるA介護士は、介護経験が10年以上で、以前の施設では介護士たちをまとめるリーダーだったと噂のある人。
介護福祉士でもありますし、介護の知識や技術はどこの施設でも通用すると思われるレベルです。
強いて言えば、スタッフ間でコミュニケーションを取り、組織を引っ張っていくタイプでは無さそうです。
本当は、リーダーシップも備えているのかも知れませんが、今は人前でそんな様子を見せることなく、黙々とスケジュールに沿って仕事を進めています。
もう、一緒に仕事をするようになって、1か月以上が経過していることになるのですが、介護現場はシフト勤務ということもあって、月日の割に同じ時間帯で働く機会は多くありませんでした。
勤務中、身体の大きな利用者をトランスすることになり、こみちが呼ばれました。
A介護士と2人きりになるのは初めてのような気がします。
「どっちが頭側に行きますか?」
「私が行くよ!」
仕事ぶりもテキパキしていますが、話し方も同様で、今の施設ではこみちが先輩なのですが、キャリアが全く違うのでサブにまわりました。
「イチニノサン!」
無事にトランスを終えてベッド上で利用者を側位にしたところで、「あとは私が…」と言うのでこみちが立ち去ろうとしました。
「あのさ。この職場、ストレスが溜まるんだけど」
「エ!?」
「他の人には言えないけど…。ちょっと、他の介護士たち、おかしくない!?」
言いたいことはすぐに分かりました。
今日もスケジュールを意識して現場仕事をしているのは、A介護士とこみちの2人だけだったからです。
もちろん、他にもスタッフはいるのですが、いつまでもステーションで雑談していたり、意味のない打ち合わせを思いつきで始めたりと、現場仕事から何かと理由をつけて逃げています。
それでも、2人が両サイドから作業していけば、どうにか制限時間内で作業を終えられます。
それを知っているかのように、他の介護士は手を抜いているのです。
「本当にストレスが溜まる!」
「(少し笑いながら)理由は聞きませんよ!」
「ええ、聞いてよ!」
ここまで踏み込んだ話をしたのはコレが初めてです。
でも、多くを語らなくても、相手の言いたいことが理解できました。
たったそれだけの会話です。
でも、今の職場にはいくつかの問題点があって、その1つに仕事の進め方が含まれていることを、他の介護士も思っていたのだと知りました。
B介護士の噂話で
B介護士というのは、もう1人の新人介護士ではありません。
こみちよりも古株の先輩介護士のことです。
こみちが入職した当初、オムツ交換を教えてくれた1人がこのB介護士で、その後もいろんな疑問や質問に丁寧に答えてくれました。
その意味では、今のこみちになれたのもB介護士のおかげです。
しかしながら、B介護士の評判は決して良いものではありません。
仕事をしないと周囲から敵視される存在なのです。
一方で、先のA介護士が仕事をしないと言った相手が、B介護士の評判を下げている張本人なので話が複雑です。
仕事をしない人がB介護士を批判し、仕事をしない人をA介護士が問題視している構図になります。
なぜ、そんなことが介護現場で起きてしまうのでしょうか。
1つには、仕事の評価システムが不明確なことにあります。
少し話は逸れますが、こんなことが起こりました。
こみちを呼び止めた利用者がトイレに誘導して欲しいと言いました。
言われるままにトイレに行きました。
実はその利用者、少し便秘気味で、便意を感じるものの排便できずにいます。
「嗚呼〜、また出ない! せっかく連れて来たくれたのに…」
そう言って、本当に申し訳無さそうに謝ります。
「残念でしたね。次回、頑張りましょう!」
そんな感じでその利用者を席に連れ帰りました。
すぐに近づいて来た先輩介護士が、「私もさっき連れて行ったの。出たの? 出ないでしょう!? 行く意味ある?」とまくし立てるように吹っかけてきます。
「いやぁ、行きたいと言ったので」
「もう、言われても行く必要ないから!」
「ハァ…」
ちょっとふに落ちないこみちに、たまたま通りがかったA介護士が「だって!」と言いながら去っていきます。
介護方針と言うのは、本当にその人それぞれです。
どれが正しいというものではなく、施設の場合「組織的な方針」が定められているでしょう。
それが不明確だと、介護現場独自の方針が適用されます。
時には、個人的な方針を現場全体の方針にしようとする人も現れるのも珍しくありません。
それを防止するには、施設としての基本介助方法をマニュアル化する必要があるでしょう。
責任と義務
こみちも以前の職場で部下を持った経験があります。
上司となって分かることもありました。
言葉使いや誉め方、叱り方には気を使います。
こみちの場合、「責任と義務」をいつも感じていました。
自分が上司になることで、「現場」を仕切ることができます。
それは、「責任と義務」を背負うことで与えられた「権限」を使うからです。
今の介護現場では、先輩介護士が後輩介護士に命令する時、習慣から導かれた「権利」を使います。
しかし、そこに「責任や義務」は発生していません。
先輩介護士の指示を尊重しつつも、常に「当事者」として対応させられます。
この辺りの感覚も、以前の職場では考えられなかったポイントです。
未成熟と言ってしまえばそれまでですが、至るところで方針が不明確で戸惑うことが溢れています。
こみちは、今の施設でしか介護経験がなく、別の施設ではどれだけしっかりと方針が定められているのか気になります。
思うのですが、「現場を責任持って回します」と宣言できる人がリーダーになるべきではないでしょうか。
「口は出す」でも「責任は取らない」と言う人ほど、目障りなものはありません。
こみちの場合、介護スキルを見つけて「次の展開」を目論んでいます。
目的があるからこそ、今の職場でもどうにか熟せています。
あれこれ命令されたとしても、実際に作業すれば経験を積めるのは確かです。
その意味では、結局、何を自分が取るかになるでしょう。
未経験者なら、甘い環境でスキルが身につかないままよりも、一定期間大変でも介護士として基本スキルを身につけた方が後々役立ちます。
それほど、介護スキルを身につけるには、目をつぶるべきことも多いのです。