変化が少ない職場だけに
介護の現場は、とても変化が少ない職場です。
もちろん、突発的にはいろんなことが起こりますが、実際に介護職の立場で対応可能だったケースは数えるほどしかありません。
言い換えれば、利用者に関して起こるアクシデントのほとんどは、予測や予防が可能だったと思えるケースなのです。
もっとも、実際に予防できたかは、介護職としての経験や咄嗟に出れだけ機転がきいたのかでも変わってきます。
排せつなどの介護的なケアができるようになると、後は本当に毎日がその繰り返しです。
それだけに一度でも覚えてしまえば、介護職ほど年を重ねてからもできる仕事はないかも知れません。
一方で、それだけ介護職の仕事はスキルよりも忍耐だったりするので、テクニック志向の人にとっては現場がつまらなくも感じるでしょう。
例えば、プログラム言語をマスターすれば、より処理速度の速いプログラミングを目指すこともできます。
また、維持管理が容易になるような仕様にするなど、目的に合わせた仕事の方法も選べます。
しかし、介護職の場合には、より高度な排せつ介助というものはなく、衛生的だとか、利用者の負担が少ないとか、短時間で作業を終えられるとか、「より良い」というものが大半です。
なので、例えば介護職のスキルが現れやすい「寄り添い」に関しても、明確な差が数値化できるわけではなく、「ある介護職の接し方が良かった」というような判断もできません。
つまり、より良い介護を目指しても、職場全体での取り組みとしては効果を観察できますが、ひとりの介護士としての達成感はとても薄くなります。
実際に介護士によっては、利用者からの要望に応えようとしないこともあります。
何度もコールが鳴っていても、気づかないフリをして仕事を選ぶのです。
もちろん、周囲の介護士たちもそんな「やり口」に気づいていますが、指摘すれば直るというものではなく、個々の介護理念に委ねるしかないからです。
それもこれも、介護現場で実力を正当に発揮することが難しいこともかなり影響しているでしょう。
中高年の介護士がハマってしまう「罠」の1つが、仕事慣れて「手抜き」を覚えてくることです。
美味しいとこ取りする先輩介護士
手間の掛かる作業を後輩介護士たちに押し付けて、記録簿ばかり記入している先輩介護士がいます。
困難な事例を後輩介護士がいろいろ手を尽くしてクリアしたことを、いつの間にか自身の指示で達成したように「記録簿」に記載するのです。
ところが、後輩の努力も虚しく失敗に終わった時は、「記録」を後輩に書かせたうえで、失敗を愚痴ってきます。
「そんな失敗されると迷惑だ!」
耳を疑うような言い草ですが、何も手を貸してくれなかった先輩介護士に限って、平気でそんな言葉を発します。
「時間の無駄で、意味がない」
もしも後輩介護士がまだ未来ある20代の若者なら分かりますが、後輩と言っても中高年の介護士が、頭ごなしに嫌味を言われて嬉しいはずもありません。
やっと決まった仕事だと思うからこそ、そんな嫌味にも堪えるのです。
「〇〇さんは何もしなかったでしょう!」
もしもそんな言葉を発したら、狭い職場なら気まずくなるのは当然です。
コトはどっちが正しいかではなく、「自身の未来のために何を目指すか?」を冷静に考えることなのです。
つまり、最初から吹っかけてくる先輩介護士に反論しても意味がありません。
これがもしも裁判所の判断なら、どんな仕打ちをされたのか、発言に正当性があったのかを証拠と共に照らし合わせることもできるでしょう。
しかしながら、介護現場はそんな行為受け止める場所ではなく、毎日のスケジュールを淡々とこなしながら、利用者への配慮を生きがいにする場所です。
こみちも自身も、ある先輩介護士からことある毎に面倒な仕事を押し付けられたりします。
それを簡単に済ませれば、さらにどこからか仕事を見つけては押し付けてくるの繰り返しです。
一方で、抜けていたり不十分な部分を見つけると、「フォローしておきました!」とわざわざ言いに来てくれるのです。
他の先輩介護士に相談するようなこととも思えないので、その先輩介護士と同じシフトになった時はちょっと気持ちがブルーなります。
介護現場では本来とは異なる部分でプライドを持つ人がいます。
中高年介護士は、不条理な相手にも冷静に対処することが大切です。
持ち上げれば調子乗るし、相手しないと難癖を付けてくる先輩介護士は、きっとタイプこそ違いますが、どこの施設にもいるでしょう。
自身の介護スキルに自信があって、でも誰も評価してくれないとなれば、後輩相手にいろいろ言いたくなるのは当然だからです。
本来なら、介護職にとっての「上」とは介護福祉士やケアマネをイメージしますが、明確にやりがいや達成感を得られない部分もないとは言えません。
努力がカタチなり難いというのも、介護職としてのやりがいを見え難くしてしまいます。