美大・芸大受験に思うこと

中高年になって分かること


こみちは、美大も芸大も受験したことがありません。

しかし、ある学校を受験した時に、「デッサン」の試験を受けました。

絵は子どもの頃から好きでしたし、紙と鉛筆があれば今でも1時間くらいなら時間を潰せるほどです。

街並みを描いたり、通行人を描いたり、スマホなら一瞬で撮影できるのですが、あれこれと観察しながら自分の手で紙に記録する作業は不思議と飽きません。

一方で、美大や芸大を受験する方々は、もっと芸術的な目標があるのでしょう。

時々、美大や芸大の試験に課される「デッサン」について、作品や制作過程を本や映像で見ることがありますが、卒直に「大変だろうなぁ」と思います。

と言うのも、美大や芸大に進む方は、何か自身が表現者として世に伝えたいものがあるとこみちは思っています。

少し話がそれますが、「音程を外さないこと」と「歌が上手いこと」がイコールではないように、「写真のような描写力」と「優れた作品」は必ずしも一致しないからです。

さらに言えば、我々の人生はおよそ70年から80年くらいで、絵描きを夢見たとしても活躍できるのは長くて「50年」ほどです。

長いように思うのは若い人で、こみちのように中高年になれば「50年」をいかに充実した年月にできるかは「毎日」の過ごし方に他なりません。

つまり、美大や芸大に現役で合格できれば良いですが、浪人生として受験を続ける期間が長くなるに連れて、絵描きとして活躍できる期間が減り、受験生として大学が求める「画力」を追求することになるからです。

実際、ビジネスを考える時でも、企業に身をおいて経験やノウハウを得ることは有意義だと思います。

特に大手企業には大手らしい仕事の仕方がありますし、中小企業にもまた興味深い仕事があるからです。

一方で、そんな企業に交わることなく、いきなり独立開業を目指す人もいます。

学ばなくても、経験しなくても、その場の瞬間的な判断に長けた人ならそれでもしっかりと実績を残せるから驚きです。

それは、美大や芸大に頼らなくても、作品として秀でたものを作り出せる人と同じでしょう。

「絵を描く」に何を求め、目指すかはそれぞれ異なったとしても不思議はありません。

むしろ、1つしかなかったとしたら、その方が怖いことです。

もしもこみちがこれから美大や芸大を目指せる立場にあったとして、1回目の受験で不合格だった時、翌年もまた「合格」を目指して絵を描き続けるだろうかと悩みます。

ビジネスとしての「絵」を考えるなら、こみちが若かった時代とは異なり、様々な方法が考えられます。

「絵描きは儲からない」と言う発想もないでしょう。

儲からないのは、アイデア不足やターゲットの読み間違い、さらに「表現方法」の改良を試みるチャンスです。

少なくとも「素人以上のスキル」を持った人なので、普通の人にはできない「ビジネス」ができるはずです。

その状況で、1年、また1年と「合格」のために自身の貴重な人生を削ることに対して、惰性ではなく「意図的に」取り組む難しさを感じます。

これが他の学部であれば、A大学でもB大学でも、キャリアとして大きな差にはならない場合でも、美大や芸大なら強いこだわりも持っていることでしょう。

さらには、海外と言う可能性もあるので、「1年」と言う自身の人生をどう使うに決断が必要です。

7浪中の人を見つけて


実はこの記事を書こうと思ったのは、YouTube のオススメに「7浪中の受験生」がこれまでの「デッサン」を紹介していたからです。

「上手だなぁ」と思う一方で、「この人はどうして落ちるのだろうか?」と言う疑問も浮かびました。

そこで、インターネットで検索してみると、「描き過ぎる」と言うワードにたどり着きました。

一見すると、「描き過ぎる」とは「写真同様の高精細さ」を連想するかも知れません。

しかしそうではなくて、「無駄な線」「不要な線」が目立つと言うことなのです。

音楽で言えば、無駄な音があることで、本来聞こえるべき音を邪魔している状況と同じです。

そして、その意味を人生に照らしてみると、「合格できる人ほど、必要なことから実践している」のではないかと感じ始めたのです。

中高年になってこみちは「介護業界」に転職しました。

見よう見まねで、どうにかこうにか仕事を覚えていきました。

もしも、もっと若い頃から、自身の強みを理解して、必要な経験やノウハウを優先的に学んでいたら、今のような苦労もなかったはずです。

例えば、浪人時代を続けることで、「デッサン」に取り組む時間は十分に確保できたことでしょう。

一方で、現役合格した受験生たちは、大学で新たな経験を積み、自身の可能性を追求しています。

場合によっては、大学と言う「後ろ盾」を得て、実社会でも活躍を始めているかも知れません。

それなのに、「デッサン」だけが「写真」のようになって行くことで、本人は満足なのだろうかとも思うのです。

アートの分野として、「写真のような絵」と言うカテゴリーもあります。

それはそれで素晴らしいのですが、それだけが絵を描く理由ではないでしょう。

だとすれば、どこまで大学にこだわり、デッサンに時間を注ぎ続けるのかは本当に難しい選択です。

例えばこみちが絵を描く理由


こみちの場合、絵は「記録」です。

文字を描くように、「印象」を記録したいのです。

特に気になる人を「記録」する場合には、性格や表情、気分や想い、そしてその人の骨格や生活習慣、服装の好みや体調などを書き残し残すのが目的です。

言い換えれば、写真同様ではありません。

こみちの目で感じた印象がどれだけ正確に「記録」できたかがポイントです。

もともとそれが目的なので、美大や芸大を受験したいとも思っていませんでした。

もっとも、「記録」するためには、空間の広さや空気感なども描きたくなります。

モチーフそのものではなく、その場の広さや開放感が記録の対象になるからです。

中高年の仕事探しに活かす


以前なら行きたい大学のために浪人もアリだと思っていましたが、今は「現役」が大切だと思います。

一つには、人生が有限で、若い頃の1年がとにかく貴重だからです。

10年を費やせば、その道のプロとして活躍できるほどです。

仮に美大にも芸大にも合格できなかった人も、10年続けたならそれをウリに「ビジネス」を始められるでしょう。

むしろ、10年の間に悩んだり戸惑ったりすることに意味があり、「デッサン」しかしなかったら本当に時間が勿体無いと思います。

なにも美大や芸大の受験だけに限ったことではありませんが、自身の貴重な時間をどう使って行くのかがポイントです。

1年なんてあっという間で、中高年になってしまうのも想像よりずっと早かったくらいです。

中高年になって仕事探しに苦労しないためにも、若い頃の過ごし方が重要でしょう。

今から身につけるべき経験を積み、中高年からでもしっかりと活躍できる仕事を探しましょう。