言いがかりを付けてくる先輩へ

もしも利用者との触れ合いがなかったら


こみち自身、介護の研修を受けている時から「自分は介護士に向かない」と思っていました。

ただ、過去の経験を思い出してみると、共感や傾聴などの介護でも不可欠な「ポイント」を得意としていたようです。

以前、「制作現場」に憧れ入社しても、一定期間を経たのちには異動先が営業部門に変わってしまいました。

「0」から生み出せる才能があれば、「クリエイティブな仕事」で成功できたでしょう。

しかしどうやら、こみちの場合には信念を貫き通すような一途さがありません。

周囲からの視線や評判に左右されてしまうのです。

しかし、そんな性質も「営業」という仕事では「強み」となります。

相手が何をどう求めているのかが分かるからです。

さらに言えば、心を開いてくれることが多かったことも、他の営業と比較して気づきました。

今日も出社すると、こみちの顔を見るなりご立腹の利用者がいました。

「どうして、怒っているの?」

問い掛けとは裏腹に、今にも殴り掛からんとする形相です。

拳を握りしめて小刻みに震わせながら、威嚇してきます。

「どうしたの?」

こみちがその方に手を伸ばした瞬間、上手く動かない拳で肩の辺りを殴られました。

「テメエが…だろう! 分かっているのか? どうなんだ!!」

ちょっとろれつの回らない中でも、何か言いたいようですが、全く意味が汲み取れません。

すると、傍にいた別の介護士から「愛情の裏返しだよ」と教えてくれました。

しばらくして、もう一度その利用者に声かけると、「何でお前は、オレが呼んでも来ないんだ?」と言うのです。

「だって、今日の勤務は遅番ですから」

「オレはずっと待っていたんだ! 分かるか?」

「そうだったの? 何時から?」

「(午前)5時ごろから」

「エエ、ずっと? ごめんね!」

こみちだからしてあげられる特別なことがあるとは思えません。

しかし、営業時代に経験したような出来事が起こっていることにも気づきます。

面白くない先輩介護士からの言い掛かりに!?


「それダメでしょう!」

「すいませんでした。今後は無しの方向で!」

その対応でさらに怒りが増してしまったのかもしれません。

「そうじゃない。(こみちの)対応が悪のだ!」と言い直してきます。

「分かりました。無しの方向で良いのですね!?」

「そうじゃなくて、(こみちの対応は)無駄なの!!」

相手が女性の先輩介護士だったので、感情的に取り乱すことはありませんでした。

しかし、どうやらその対応が怒りを爆発させた原因のようです。

面白いもので、その先輩介護士もこみちが入職した時は「優しい先輩」の一人でした。

ところが、段々と性格が掴めてくると、「優しい先輩」から「後輩に要求している先輩」へと変わりました。

要求される内容は、同じ時間帯に勤務する際には先輩の仕事までこなし、さらに上司には良い先輩だと触れ込むように促して来ます。

こみちがエスカレートする要求に取り合わず、微妙なタイミングで避けるごとにも気づいているでしょう。

こみちにすれば、2人分、3人分を黙って熟さないといけないばかりか、直属上司には「良い先輩」だと触れ込むのですから、単純に荷が重いのです。

しかも現場仕事をすべてを任せてくれるならまだしも、「次はコレ!」そして、「次はアレ!」と振り回されるのです。

そんな仕打ちに必死に応じる意味も目的も見出せず、その先輩に気づかれないようにタイミングを外すようになりました。

そして、それに気づいた先輩が、あからさまに面倒な仕事を押し付けようとしてきます。

この頃、その先輩と同じ時間帯の勤務かを気にするようになりました。

先輩介護士から教わることも無くなって来ましたし、先輩として憧れる部分も無さそうです。

その一方で、「何でそこを? このタイミングで?」を思うようなことばかりです。

先輩とのことには触れず、さり気なく上司にも仕事の回し方で意見を求めました。

「そんなのどっちでも良い!」

そうでしょう。こみちもそう思います。結局は、その先輩の言い掛かりなのですから。

現場でのポジション取りに焦っているのか、こみちに負けたくないのかは分かりません。

利用者との良好な関係がなければ、「介護職」の見方も変わってしまったでしょう。

こみちが「クリエイティブ」に憧れるのは、単純に才能が仕事になっていくからです。

介護のように、ある基本スキルだけでも「一人前」になることができる職種とは根本的に異なります。

ただ、利用者の幸福感は、我々介護士の想像を超えたところにあります。

コレを与えれば良いと言う「上から目線」では対応できないのも事実です。

あの先輩介護士は、確かに「一人前」と呼ばれるだけのスキルを身につけたのかも知れません。

しかし、それだけではどうすることもできない事実が存在し、実際に現場の利用者たちが生き生きして来たにも目を向けないといけません。

「してあげている」と言う意識から「させてもらっている」に変われたら、介護はずっと変化してきます。

でも、その領域に手を伸ばせば、先輩が身につけた介護スキルがとても基本だったことになってしまいます。

それを暗に怖がっているのかも知れないです。

こみちを否定することで、自分を優位に見せたいと言う思いが、先輩介護士の心なのでしょう。

本当なら「〇〇さん、どうしたの?」と寄り添ってあげれば良いのですが、気持ちや本心が見え隠れするので、避けてしまうのです。

「可愛い自分」「認めれる優等生」「人気者」

かつてはそんな評価を受けて来たのかも知れません。

介護業界の閉鎖的な部分では単調な繰り返し仕事なのですが、介護の可能性に目を向けると「クリエイティブ」な世界でもあります。