「不幸」はどこから生まれるのか?

「不幸」とは何か?


初めて耳にした会話ではありませんが、公務員の夫を持つ人が「最近、羨ましい」と言われるという話。

我々が若かった頃、バブル期という夢のようなように好景気がありました。

年齢や性別に関係なく「働けばいくらでもお金を手に入れられる」そんな雰囲気すら感じさせられる時代でした。

その頃の若い公務員の給料は、相対的に見れば「安かった」のです。

人によっては、公務員から民間企業に転職を考えたこともあるでしょう。

ところが時代は変化しました。

前に進むことが難しくなり、過去の出来事をリメイクするようなビジネスモデルや、IT技術を駆使して転換させたビジネスが主流です。

つまり、これらのビジネスモデルもいつかは常識になって、目新しさを失います。

「パロディの面白さは、「本家」が評価されているからこそ」というのは、避けられない事実です。

少し話を戻すと、バブル期の公務員はある意味で「不幸」を感じたかも知れません。

同じように働いているのに、同年代よりも給料が安かったのですから。

しかし、終身雇用が崩壊すると、公務員という選択肢が「安定」した職種の代表になります。

今になってみれば、「公務員」は定年後の安定感がもっとも期待できる職種かも知れません。

ものごとを評価する際、「どこを基準にするのか?」はとても重要な要因です。

トラブルに遭遇した時、多くはその解決策に注目するでしょう。

しかし、詳しく分析してみると、危険度の高い行為が災いした結果だったとすれば、そのトラブルも「必然」だったとも言えます。

20代前半、全ての人が夢を叶えるチャンスに恵まれています。

しかし、就職して結婚し、住宅ローンや子どもの教育ローンを払うようになって、段々と生活が「一本線」になっていきます。

この「一本線」は、その選択肢を選んだ時に目指すべき方向で、年を重ねれば次第にそうなって行くのも当然なのです。

実際、中高年になってからの転職では、転職前の収入が確保できなかったすることもあります。

そうなれば、「一本線」を再び広げることになり、今の生活を改める必要も出てきます。

小遣いが減ったり、外食や嗜好品の購入を控えるなど、今までできていたことができなくなる暮らしを迫られます。

「なんで、この歳になって?」

そんな気持ちから「不幸」を感じるかも知れません。

中高年の転職


やはり、中高年の転職は、それなりのリスクも含まれています。

もっともそんなリスクを、チャンスにできるのも大きな魅力なのですが。

転職のリスクを回避するには、「制限」を取っ払うことです。

20代の頃と比較しても、中高年になって「自分なりの生活スタイル」が出来上がっているからです。

「コレは、こうしたい!」というように、何かに対して「自分だけなりの答え」を持っています。

それが、人生経験とも言えるのですが、「転職」に関しては「結果」に繋がらない注意ポイントです。

現時点の自分は、今の職種に「最適化」されています。

新しい職種では、不足分を補わないと「今よりも評価が下がる」のは当然のことです。

今は当たり前にしていた作業が新しい仕事では無くなり、その代わりに新たな作業が求められます。

勤務時間だったり、作業内容だったり、勤務地ということもあるでしょう。

転職とは、それら全てをリセットすることでもあるので、自身の境遇を再確認しておく必要があるのです。

不幸や悲しみはどこからくるのか?


同じような作業をしていても、何だか「不幸そう」に見える時があります。

背中が語るのか、姿勢や表情から来るのか、分かりませんが、「辛いのかな?」と心配になってしまいます。

ところが、この状況も一歩踏み込んでみれば、必要ではない作業をした結果だったり、必要な作業をしていなかった結果だったり、「普通ならそんな状況になっていないはず」を作り出してしまったことで起こっていたりします。

そこに至った経緯は、その人なりの「こだわり」や事情も関係しているのですが、「誰も助けてくれない!」と思うとさらに「不幸度」がアップしてしまいます。

「こだわり」は、時に「思考を制限」します。

「コレしかない」という意識が、自分の未来も束縛します。

しかし、中高年にもなれば、それなりにこだわりがあるのも当然です。

ただ、これから新しい自分になりたいなら、「改革」は避けられません。

もちろん、自己評価を必要以上に落とす必要はありません。

良いところはそのままに、見過ごして来た知識や経験に目を向ける意識を持つことで、状況を打破できるはずです。

避け難いトラブルも無いとは言えませんが、不幸を避けることは可能です。

トラブルに対しては、なぜ起こったのかを考えるようにして、今後の改善点にしましょう。