高齢者介護とは違う!?
年始ということもあり、妹が子どもたちを連れて帰郷しました。
半年ぶりに会った子どもたちですが、上から6歳と5歳、1歳になり、それぞれに個性にあふれています。
一泊二日の予定で夕方前に到着したのですが、どこかよそよそしく、挨拶しても恥ずかしがります。
「あけましておめでとう」
お決まりの挨拶もほどほどに、お年玉袋を手渡しました。
特に末っ子が、伝い歩きできるようになっていて、目を離すことができません。
「お年玉」
笑顔で差し出しましたが、どうにも泣き出しそうな雰囲気です。
見かねた長女が「代わりに渡そうか?」などと末っ子を心配して駆けつけて来ました。
「ごめん。コレは渡したいんだ!」
そう伝えて、改めてお年玉袋を目の前に出しました。
「どうぞ! 手で持てるかなぁ」
施設で接する高齢者の反応とは異なります。
それだけに、緊張もしました。
ところが意外なもので、小さな手で袋を掴み取ると、周りで見ていた妹夫婦が「ありがとうでしょう!?」などと言っています。
妹夫婦に倣って末っ子がコクリと頷く様は、何とも言えない幸福感が満ちました。
高齢者にとっての介護は余生を楽しむものなら、保育はこれからを生きる人に欠かせないもの。
両者を比較してみると、似ている部分もありますが、どこか異なる部分も感じます。
一夜明けて
初日はどこかよそよそしい3人でしたが、一夜明けて「おはよう」と挨拶すると、長男坊がこみちに向かって「オハヨ!!」と言い、抱きついて来ました。
随分と力強くもなり、片足にしがみつく長男坊に倒されないように身構えます。
「遊ぼうよ! オイ、こみち!!」
今度は手を引っ張り、自宅から持って来たおもちゃを見えてくれました。
「スゴイじゃないの! コレ、カッコいいね!」
正確な名称は分からないものの、仮面ライダーの人形でした。
「えへへ。貸してあげる!」
「いいの? カッコいいね!」
大きさの異なる二人が胡座をかいて向かい合い、15センチほどの人形を眺めていました。
「おはよう。こみちクン!!」
強い衝撃が背中にあり、両肩から細い腕が伸びてきました。
「おはよう! 眠れた?」
現れたのは長女です。
少し大人っぽくなったように思いましたが、1日経って慣れて来たようです。
「これ要らない! コッチで本を読もうよ」
「いるいる。行っちゃダメ!」
長男が人形をこみちに押し付けて、しっかりと抱きついて来ます。
「ダメぇ。こみちくんは私が遊ぶんだよ!」
両腕を引っ張られ、どう対処すれば良いのか戸惑います。
保育士が大変な仕事だと思う
その後も数時間、妹夫婦たちが外出している間、2人と一緒に遊びました。
面白いなと思ったのは、時々、抱きついて来て、受け入れられることがわかると、少し距離を取ってまた遊びを続けます。
高齢者の中にも、認知機能が低下した利用者の中には、腕や手をギュッと握ってくる方がいます。
受容されているという安心を感じているのだろうと思っていましたが、子どもたちの行動にも同じような振る舞いが見られました。
高齢者以上に事務的な作業をしては、保育になりません。
その意味では、子どもにしっかりと向き合う姿勢が介護士以上に求められるのだと思います。
まして、食事の際など、感情が高ぶって落ち着いて食べてはくれません。
高齢者の食事介助のようにはいかないのです。
「食べようよ!」
「アチャー!!」
特に長男坊は、遊びながらでないと食べようとしません。
時間がない朝など、妹夫婦がどれだけ大変な思いで身支度しているのか想像してしまいました。
高齢者の場合、多くは配偶者又は子どもたちが契約人となって入所の手続きを行います。
それだけに、介護中の出来事は、大人の行為として認識され、説明も伝わりやすいと言えます。
一方で、保育の場合には、児童の親が契約人となり保育所などを利用します。
児童にケガなどがないように細心の注意が必要で、見守り中も目を離せないでしょう。
しかし、完全にリスクを排除することは難しく、アクシデントは起こってしまいます。
そんな時も、高齢者以上に予測が難しいと感じます。
保育士の疲労は、想像以上なのだと思います。
介護士同様に、保育士も人手不足の業界と言われます。
プロとして楽しく遊ぶ難しさを想像できたからこそ、「保育士」の待遇改善も早急に行われるべきでしょう。