感受性とは何か?
最近、とても感じることがあります。
それは、意見が合わないと不満を訴える双方に話を聞くと、「そこを説明したら良いのに!」と感じるからです。
この前も、片方の人が「貴方の話は、あれやそれが多くて、何を話しているのか分からない!」と不満を口にします。
それに対して、相手は「ちょっと最後まで聞いて!」と繰り返します。
確かに、「アレって、こうだよね!」と言われても、人によっては捉え方が異なります。
多くの人は、前後の会話から話の内容を想像し、補いながら、予測しながら話を聞きます。
話すことを職業としている人の内容が自然に理解できるのは、聞き手の「フォロー」が要らないからでしょう。
つまり、「アレって!」という部分を、例えば「昨日、職場で…」と明確な言葉で伝えれば、相手も何について話しているのか分かりやすくなります。
もっとも、最後まで話を聞けば、多少の指示語(アレやソレ)があっても、意味は通じます。
しかし、歩み寄る姿勢がない状況だと、「アレって何?」でつまずいたら、もう話に耳を傾けられなくなります。
それに対して、「聞いて!」を繰り返しても、「話が意味不明だ!」と返されて相互のコミュニケーションは進展しません。
感受性というと、周囲からの情報を受け取る力を連想します。
しかし、重要なのは「自身の傾向」を省みることなのです。
自己覚知
コミュニケーションを成立させるには、相互の歩み寄りが必要です。
プロの落語家は、耳を傾けてくれる観客に笑いや涙を届けられるでしょう。
我々のような素人の場合、興味を引きながらストーリー仕立ての展開は難しいこと。
寡黙な人や口数の少ないと言われる人も、話すのが嫌いではなくて、自分の話で誤解や誤認が起こる経験を繰り返す中で、「無駄口」を控えるようになったというケースもあるほどです。
自身がワンパターンの話術しかなければ、目にしたものや伝えたいものも、一方向からの「見た目」になってしまいます。
言うなれば、話手が肯定的な立場なのか否定的なのかさえ不明で、聞き手もどう答えて良いのか戸惑います。
根本的な解決策を目指すなら、「話方講座」などでスピーチの仕組みや技を学ぶのが近道です。
しかし、講座に通う時間がない人は、相手の反応が変化していないか確認しながら話してみましょう。
等間隔で相づちを打ってくれる相手がリズムを崩したのは、「ちょっと分からなかった」という合図です。
もっと分からない場合には、話しかけようと口を開こうとする人もいます。
また、ちょっとイライラした雰囲気を感じた場合には、話の展開が遅く、結論を待っている表れです。
介護現場で気づく「感受性」
ある認知症の利用者が、「言葉」を話したと驚く介護士がいました。
「あの利用者さん、こんなに話せるよ!」というのです。
周囲の介護士も驚き、「本当に!」と騒いでいます。
正直なことを言えば、その利用者の介助をしている時、一般の方と変わらない会話を頼んできました。
それだけに、他の介護士たちが利用者をどんな風に見ているのかを知り驚きました。
感受性には個人差があると思います。
しかし、気をつけることで「変化」に着目できるようになるはずです。
また、自身の視点だけでなく、幅広い視野を持つ意識が「感受性」を高め、介護に活かせると思います。