老人介護とは?
介護未経験だった頃、「老人」という言葉の正確な意味を理解していませんでした。
介護施設を経験してみて、分かったことは「老い」によって「人格」までは変化しません。
もちろん、例外的なことはありますが、「おばあちゃん!」「おじいちゃん!」ではないのです。
もしも、このブログ記事を見つけたきっかけが「中高年の仕事探し」だとすれば、仕事を探したいけれど「いい仕事がないなぁ!」と思っていませんか。
まだ、そんな風に物事に直面できる人はいい人で、こみちのようにしなければいけないと分かっていることをズルズルと先延ばしにしてしまうダメな人もいるわけです。
なぜ、先延ばしにしてしまうのでしょうか?
理由ははっきりとしていて、「まだ大丈夫!」「時間的な余裕がある」「何とかなるだろう!」と思っているからです。
この先、後悔しても現実を受け止められるのなら、「先延ばし」も悪い生き方とは言えません。
個人の尊重や自立支援の立場からも、否定されるべきではないからです。
しかし、問題は後で不満を口にして、「自分は不幸な人間だ!」と自暴自棄になってしまうケースです。
人はある面でものすごく弱い生き物で、大きなマイナスから立ち直ることができません。
それを考えても答えが出ない時期に、多くの時間を費やしてしまうタイプに属します。
「今できること」と「今後のために備えておくこと」を区別し、それぞれを同時進行させることが重要なのです。
高齢者の場合、若い頃よりも運動機能や精神力が低下します。
昔なら1日も掛からない作業が3日掛かることもないとは言えません。また、どんなに頑張っても、終わらないこともあるでしょう。
そうだとすれば、3日掛かる予定を組んだり、サポートしてもらえる手を打つことが必要なのです。
命令口調のままで、相手が気持ちよく手を貸してくれるでしょうか?
場合によっては、挨拶や気づかいに変化も必要です。
大袈裟な話ではなく、ちょっとした意識の変化で、老後を豊かに暮らすことは可能です。
「オレは足が痛い!」「誰も手伝おうとしない!」
不満ばかりを言っても、介護士なら仕事としてサポートしてくれますが、それでも心底優しくしてくれるかはその介護士の「優しさ」に委ねられてしまいます。
意味ある仕事と意味のない仕事
老人介護の中で、意味のある仕事とは、今と将来が繋がっている場合を指します。
部屋を片付けられないからといって、「掃除をしてあげる」行為は「意味がない仕事」です。
ここでいう「意味のない仕事」とは、無駄な仕事ではありません。その人のためになっていない「仕事」です。
もしも手足が動かせない人であれば、代わりにしてあげないと仕事が終わりません。
しかし、まだ手足が動かせるのに、「イヤだ!」「面倒だ!」という理由だけで簡単に手助けしてしまうと、やがてその手足も動かせなくなり、手伝ってもらうしかなくなります。
理由を問わず介護士は、高齢者の支援を仕事としています。
一方で、老人介護という意味では、「一緒にする」というスタイルが重要なのです。
できることはできるだけ本人が行う。
簡単なようですが、「意味のない仕事」に手を貸してしまうケースが目立つます。
今回にしているのに、「人任せにしている!」。
手助けした人はストレスを溜め、老人介護に疲弊します。
しかし、それは「意味のない仕事」と「意味のある仕事」を区別せず、「とにかく動く(↔︎足が痛いから動かない!)」ことを選んでしまうからです。
結果が出ない時は、何らかの原因があります。
意識することで、原因に気付ける時もあれば、原因が分からずに苦労することもあるでしょう。
少なくとも、今できることは何かを意識して、考える項目を絞り込みましょう。
あれこれと漠然と悩むのは意味がないからです。
仕事探しにも言えますが、これからどうなりたいのかも分からずに仕事探しを始めても、自分が思うような仕事は見つかりません。
実はいい仕事なのに、その良さに気づかずに手を出さないこともあるでしょう。
老人介護に触れると、老いることで人がどんな行動を取りやすいのか理解できます。
「頑張れ!」と声援をかけるだけでは、なかなか動けません。
自分の行動をベースに、「どうしてくれたら動きやすいのか?」を考えると、介護支援の内容も変化するでしょう。