20代30代の頃「介護」を考えたこともなかった!?
20代30代の頃、こみちは介護とは無縁の仕事をしていました。
「高齢者」や「傾聴」、「寄り添い」といった言葉にも、特に注目してはいませんでした。
「介護」の仕事をしてみようと思ったのも、「向いていなければ別の仕事を探そう!」という軽い動機です。
男性介護士にとって最初の壁は「オムツ交換」だそうで、こみち自身も本音ではできるとは思っていませんでした。
勤務を始めた直後、先輩介護士がオムツ交換している様を後ろで見ていて、思わず口もとを押さえて背を向けたくらいです。
自身のものは見ていても、他人様のものを見ることってないですから。
込み上げてくる違和感をどうにか誤魔化しながら、何件かの交換を見させてもらいました。
それでも、未経験の方に言えるのは、「間違いなくオムツ交換は慣れる」ということ。
いやいや作業していれば、いつまで経ってもできるようになりませんが、「コレが仕事」だと腹をくくれば必ず克服できる壁です。
オムツ交換自体に慣れてくれば、より効率的で清潔な交換方法を研究したくなるものです。
初めての交換で10分以上掛かっていたとしても、慣れてくればその半分以下でこなせるようになります。
しかも、フィット感や仕上がり具合も格段に向上するでしょう。
介護職の仕事として代表的なものは、他にも入浴や食事の介助があります。
これらも安全にかつ快適な介助方法があって、介護職としてスキルを身につけるのは楽しいものです。
多くの介護職から聞きますが、「介護は楽しい仕事」という感想です。
では何が大変なのでしょうか?
その原因は、介護が生活支援だと言うこと。
歯磨きやゴミ捨て、カーテンの開け閉め、換気など、日常生活そのままが仕事になります。
誰もが当たり前に行っているからこそ、「介護」に「特別な価値」をつける根拠が乏しいのです。
「歯磨きなんで誰でもできる!」健康的な人ならそう思うでしょう。
しかし、高次脳機能障害という状態になると、今まで当たり前だったことができなくなったりします。
それは、できなくなったという事実だけでなく、自信の喪失や自暴自棄などにも繋がります。
場合によっては、社会的な関わりを拒むようになるかもしれません。
つまり、介護というのは、健康な状態だけでなく、何らかの理由で上手くできなくなった時に力を発揮するものです。
だからこそ、健康的な人から見ると「介護」の役割が評価されにくいのでしょう。
豪華な有料老人ホームは象徴的な存在!?
眺めのいい個室や、四季折々の料理、さらに充実のアクティビティーを備えた豪華な有料老人ホームは、健康的な人にも憧れる老後生活ではないでしょうか。
例えば、こみちが勤務している介護施設で、利用者が自分の部屋で過ごすのは、就寝時間を除くと昼下がりのひと時だけです。
あとは施設が用意したスケジュールに合わせて、食事や水分補給、レクリエーションなどで時間が埋まってしまいます。
なぜ、そんなことになるのかというと、一人でできることが少なくなってくれば、どうしても介護職と共に過ごすことが多くなるからです。
ある意味で、「介護」や「老後」のイメージが、想像と現実で大きく異なる部分でしょう。
介護支援の度合いが高まれば、優雅に窓からの景色を眺めることも減ってしまいます。
もちろん、施設でも利用者に天気や季節を感じて欲しくて、窓から景色を眺めながら「いい天気ですね」とか「木々が青々としてきましたね」などと話すことはあります。
「そうだね」と応えてくれる利用者もいれば、指差した先を見ることもなく問い掛けに答えない利用者もいます。
介護職としては、少しでも感じて欲しいので、そんな時間を取っているのですが、介護度や認知機能の低下によっては、そんなひと時さえ難しいケースも少なくありません。
そう考えると、介護というのはとても地味な仕事です。
豪華絢爛な建物やサービスであれば、特別感や充実感などをアピールできるかもしれません。
介護未経験者が想像しやすいのは、「地味な介護」よりも「充実感のある老後」ではないでしょうか。
介護施設の経営者たちも誤解がある!?
きっと、「介護」を十分に経験していない経営者は、「地味」な作業がこんなにも多いとは思わなかったでしょう。
もっと作業を簡略化できたり、派手なアピールで人やモノを集められると思ったはずです。
しかし、介護職の仕事はほとんどが地味で目立たないものばかり。
おまけに転倒などで事故や生命に危険を及ぼすケースも珍しくありません。
首都圏を少し離れれば、一般的なパートやアルバイトと変わらない時間給で募集されることもある介護職の本質を伝え切れていないのも事実です。
思うように人材が集まらず、収益も伴わないことで損失が膨らみ、やがて経営難に陥ってしまうというのがよく聞く介護施設の倒産パターンです。
一般企業を連想すれば
衣類の着脱も、どうにかできるというレベルではなく、スマートで無駄のないエスコートされるような介助にはできないだろうか。
咀嚼(噛む力)に合わせて、見た目は変わらないのにとても柔らかい料理を提供することはできないだろうか。
プライバシーや自尊心など、個々のライフスタイルに合わせて専属の介護職に担当させることはできないだろうか。
さらに、完全個別ではなく、1つの建物内でどこまで流動的に介護を効率的に行えるかを徹底し、介護報酬以外のオプション価格として追加報酬を得ることを目指した。
料理人は料理を作るだけでなく、「介護」を理解した上で未知なる料理を創造したい。
ミキサー食や刻み食など、単純に切り刻むだけではない料理をどれだけ低価格で提供できるかもポイントになる。
場合によっては、自社に拘らず有益なサービスを活用して、利用者の満足度に貢献したい。
そんな風に考えると、介護の仕事はどうも頭打ちで、「これくらいで十分だ」と思う介護職がいて、「介護は安い給料だ」とも言ってしまうのだろう。
なぜ倒産するのか。介護職は安月給なのか。
どうやら、上手くいかないように動いてしまっているように思う。
無理をすることが介護で、単純作業を繰り返すことが介護だといつに間にか刷り込まれている。
マーケットとしては拡大するはずなのに、我々介護業界人は、問題点を直視しない流れも否めないのだろう。