「帰りたい!」と言い出した利用者
誰だって急に寂しさを感じる時があります。
いつも元気で明るい人が、不意に暗くなったとしても不思議はないでしょう。
介護士としてのやりがいは、「利用者に寄り添える時間」です。
別の記事でも触れていますが、介護士には多くの仕事があるので、「寄り添い」だけに時間を割くことはできません。
また、寄り添いが必要になった時に、どれだけ介護士同士が連携を取り、サポートに時間を回せるのかも重要です。
よく、介護の研修で、(認知症=夕暮れ症候群)のような記載を見かけます。
認知機能が低下すると、夕暮れに家に帰ると言い出すものですが、こみちの施設でそんなことを言い出す利用者はほとんどいません。
言い出すのは、多くが入所まもない利用者たちです。
ところが、ある利用者の部屋を訪れると、「帰りたい」と言い出しました。
大声で騒ぐというよりも、「ポツリと」言ったのです。
「〇〇さんの出身はどこでした? 故郷が懐かしくなったの?」
こみちが咄嗟にした質問は、その利用者の心をとらえるまでではありません。
利用者は、「〇〇」と自身の地元を口にして、まだ遠くを見ています。
「昨日、娘さんが来ていたね。また会いたくなったのかな?」
普段なら、娘さんとの話を嬉しそうに話してくれます。
しかし、表情は硬いままです。
こみちはベッドサイドに腰を下ろし、横になったままの利用者と小さな声で話しています。
「家に帰ったら誰かいるの? 娘さんと一緒に暮らしたいの?」
利用者は無言で、「それは無理だよ。だって…」
核家族化が進み、子どもたちも家庭を持っています。
実の子どもでも、介護施設を訪れるのは全員ではありません。
遠く離れた場所で生活していたり、なんらかの理由で訪問をしなかったりするからです。
利用者にとって「理想の幸せ」を実現できないと分かっているからこそ、介護士は「安心」を届けられるように寄り添います。
「ここにいると安心できるでしょう? 〇〇さんや〇〇さんも一緒だし。私もいますよ」
その時、利用者が微笑んでくれたのが救いでした。
声掛けが上手いとか下手なのではなく、利用者も様々な事情を理解していて、施設での生活を受け入れているのです。
こみちはモットーとして、「今」を幸せに介護を提供しています。
利用者にとって来年や再来年は、「未定」だからです。
その意味で、介護士が利用者に我慢を強いるべきではないと感じています。
ただでさえ、利用者には「お待ち下さい!」と答えるしかできない場合も多く、また利用者も「待っていましょう」と別の利用者に言ってくれりするほどです。
みんな大人なので、いろいろな状況を理解しているのです。
「さぁ、起きましょうか!? 〇〇さんの好きな飲み物でも用意しますよ!」
靴を履き、上着に袖を通した利用者と一緒にフロアに出て来ました。
「〇〇さん、コッチですよ!」
利用者の席に誘導しながら、その歩みに合わせて歩きます。
現役介護士の立場から言うと、介護施設はとても安全な場所です。
生活するうえで危険な要因をできる限り排除し、安心して暮らせます。
一方で、自宅での暮らしを思い出すこともあるでしょう。
しかし、利用者同士、介護士との触れ合いの中で、施設暮らしを心地よく感じてくれたら嬉しいです。
そうなるように、介護士は「寄り添い」をしています。
「〇〇さん、このジュース、好きでしょ? 飲んでいいですよ」
まだ少し起きるには早い時間帯。
フロアも閑散としています。
背中をポンポンと軽く叩きながら、「その辺にいるので、いつでも呼んでくださいね!」と告げました。
スケジュールに合わせて作業を再開し、時より利用者の様子を伺いました。
手を振ると、振り返してくれます。
信頼関係以前に、利用者がどれだけ「我慢」してくれているのかを察しました。