どこまで考えるのか?
病院などの医療機関の中には、治療と利用者のケア、私的なご用聞きを区別していたりします。
具体的には、治療とは医療的な処置であり、利用者のケアとは精神的に不穏や不安になった利用者に寄り添うこと、さらに私的なご用聞きとは日常生活の細々した雑務を指します。
多くの医療機関では、治療を担当するのが医師や看護士であり、利用者のケアを看護士や介護士が担います。
私的なご用聞きは、介護士がその時々でフォローすることもありますが、完全に対応しているとは言えません。
これが介護施設になると、治療を定期的に巡回する医師と在籍する看護士が支え、対応できない範囲になると施設を退所して医療機関へと移ります。
なぜ、退所扱いになるのかというと、そこには「介護保険制度」が大きく関わっています。
ご存知の通り、「介護保険制度」を利用すると、1割から3割の負担で公的な介護サービスを受けられます。
言い換えれば、公的なサービスを受けるには、定められた条件を満たしていなければいけません。
その一つが、入所者の場合、その日「そこにいる」ことがポイントなのです。
別の病院に入院している利用者を、介護施設は預かることができません。つまり、「そこにはいない」ので、施設は公的なサービスを提供できず、報酬を受け取ることも認められない流れとなります。
介護制度の決まりを逆手に取ると、利用者が入所中にこれまで親しんだ医師に治療を依頼することが困難になることもあります。
施設を出て診療所で診察されている時間は、厳密には施設のサービス時間ではなく、見込み報酬が減額されなければいけません。
そこで、施設は特定の医療機関を勧めたり、施設内で治療を行う方式を採用するのでしょう。
実際、利用者たちは、「長年の知り合いがいるだけど」と言います。
入所する限りは、これまでのかかりつけ医との関係も見直さなければいけないというのであれば、「介護サービス」も良いようで悪いように感じます。
リハビリに消極的な利用者
医療機関は、必要な処置を済ませると退院させるでしょう。
自宅に戻ることが難しい高齢者については、老人介護保健施設が受け持つこともあります。
そのでは、治療と利用者のケアが主な業務です。
治療については原則終了していることになるので、施設では「利用者ケア」を介護士によって行います。
その際、リハビリや日常生活を拒む利用者に対して、どこまでサポートするのかは施設の方針や介護士のスケジュールとやる気に影響します。
実は、大腿骨を骨折した利用者がその状態にあり、大半の時間をベッドで過ごしています。
もちろん、利用者にはリハビリの必要性や日常生活が機能回復に欠かせないことを伝えていますが、「イヤだ! 起きない!」と頑になれば、どこまで強制的に介護サービスを提供するのかは判断が難しいところです。
現実問題としては、担当するケアマネに相談し、ケアプランの調性を依頼することになります。
その際には家族の思いなども含めて確認することになるでしょう。
一介護士では、「頑張りましょう!」「10分でもいいから」など、あれこれと声かけするものの、拒絶反応に無理やりはできません。
この辺りの対応も、医療機関に比べてサポート範囲が広い介護士の負担は大きくなります。
「どこまでサポートすれば良いのか?」
利用者の精神的な負担をなくし、心身機能だけを回復できれば理想的ですが、それは無理な話です。
精神的に手厚いケアを要する利用者に対して、介護士でも専門性を評価してもらえればやりがいや達成感が生まれて来るのですが、試みる介護士と対応しない介護士でサポートが分かれます。
特養や有料のように、利用者の余生を楽しく過ごしてもらうことに目標を見つけられればいいのですが、老健のように自宅復帰を目指したケアを提供する施設では、リハビリの質や利用者ケアでフォローがないと機能を発揮出来ません。
医師や看護士のように専門性が弱い介護士の場合、現場リーダーの考え方やケアマネの作成するケアプランの合理性で、立場や役割が大きく変化してしまいます。
この当たりのブレが、やりがいを感じる一方で、同僚介護士との連携が薄くなってしまう理由でしょう。
個々の介護士が、自己判断で支援している以上は、「必要性の有無」が異なるからです。