介護士に求められる正義感

個々の介護士が持つ「正義感」


ここでいう「正義感」とは、「良心」に近いニュアンスを指します。

それは、子育てをする際に英才教育を受けさせたい親もいれば、健康的で活発な身体になって欲しいと願うことにも似ています。

どうするから「正義感」があるのかではなく、相手を思うからこそ、何らかの方針で子どもに最良だと思う「道しるべ」を示すこと。

高齢者に接する場合も同様です。

食事の際、箸を上手に持つことができない利用者がいれば、時に箸の持ち方を伝え、またある時はスプーンやフォークのような使いやすい道具を提供し、「食事をする」ことを支援しようと試みます。

そのアプローチの方法は、時に介護士の「正義感(良心)」によって異なることもあるでしょう。

絶対的に配慮されるのは、生命や健康に著しい危険が迫るような場合に限られ、それ以外に関しては施設の運営方針や介護士の判断によって変化するのです。

ケアマネが作成する「ケアプラン」の意義


介護支援相談員とも呼ばれるケアマネの大切な役割は、利用者のニーズに合った支援計画を立てることです。

その中身は、短期目標と長期目標に分かれ、それぞれの目標に到達できるように医師や看護師、理学療法士、さらに介護士なども加わって具体的な支援策が決定されます。

運動機能の改善には、理学療法士や作業療法士が中心となって「レクリエーション」を提供します。

また、医療的なケアが必要であればあ、医師や看護師の出番となるわけです。

介護士は、日常生活の中で利用者の支援を行います。

先の「正義感」や「良心」という考え方とは異なる部分で、「ケアプラン」が示す支援に沿った介助が求められます。

ケアプランの中には、利用者の希望だけでなく、利用者家族の思いも記載されていて、ある意味でそれらが「介護支援」の最終目的であり、達成するべき内容となります。

ある介護士の思い


「食べないと元気になりませんよ! もっと食べるんです!」

食べたくないと口を閉じた利用者に、ある介護士は「正義感」から少し無理に食べさせました。

「ほら食べられたでしょう!?」

食事を終えた利用者は、無表情のままです。

「食べられるんだから!」

その介護士は、対照的にどこかやりがいを感じながら利用者を励ましています。

別の場面で、骨折が原因で寝たきりになった利用者は、始終「足が痛くて…」と何にでも消極的です。

介護士たちは、そのまま寝たきりにしたくないと思い「起きましょう」と無理に車イスへと促します。

「痛い痛い!」

利用者はとても痛がり、起きてもすぐに「ベッドに戻りたい」と言い出します。

ケアプランでは、「利用者の想いを尊重したケア」となっていて、家族もまた「利用者の意向に従う」と書かれています。

介護士の経験からすると、寝たり状態が続くと、完治しても落ちた筋力を取り戻さない限り以前のように歩けないと考えています。

また、理学療法士たちも「リハビリ」を通じて筋力アップが欠かせないと判断しています。

ところが、食事時でさえベッドから起き上がることがなく、ほとんどの時間を寝たままで過ごしてしまっている状態です。

「介護士さん、私は以前のように歩けるのかなぁ?」とその利用者から質問され、介護士は困惑するほかありません。

誰がそんなケアを推し進めでいるのか分からないまま、リハビリも不十分な状況が続いているからです。

介護士には、医師のような医学的知識もありません。また、理学療法士のように機能訓練を促す術もありません。

「正義感」だけでは、ことの成り行きを見守るしかないのです。

もしかすると、利用者は歩けなくても良いと思っているのかも知れません。

また、家族も利用者の思いを第一に考えているのかも知れません。

そうなら、ある介護士があれこれと思いを伝えるよりも、「ケアプラン」に従った支援を続けるほかないでしょう。

「歩けるようになるかなぁ?」

利用者の本音がどこにあるのか、日常生活を介助していても分からないことが介護士を困惑させます。

この利用者は「努力はしたくないけれど、歩けるようになったら嬉しい」と思っているだけなのか、「多少の痛みは我慢するから、以前のように歩けるようになりたい」のか、本音を掴めないままの状況です。

寝たきりなってから思うこと


ある利用者は自分が不幸だと言います。

聞けば、自由に何でもできないからだそうです。

膝は痛いし、腰も悪い。

起きるとクラクラするので、仕方なく寝て過ごしている。

だから何で自分は不幸なんだろうと思うのだと。

すべての人に改善策があるかは分かりません。

場合によっては、それまでにチャンスがあったかも知れないのです。

しかし、「こうしてみれば?」と助言してくれたり、詳しく内容を伝えてくれなかったりすれば、そのチャンスを逃してしまうことがあるでしょう。

人が何を持って幸せなのかは、他人には分かりません。

介護士の経験や判断だけで、何の根拠もない「幸せ」を押し付けてるべきではないからです。

「なぜ、しないのだろう?」「なぜ、利用者の意見に耳を傾けてないのだろう?」

介護現場では、よく誰の判断で行われるのか分からない支援があります。

例えばある介護士の「正義感」のために、利用者の思いが無視されることもあるでしょう。

さらに、それを正せない風潮が強いと、他の介護士もあえて人間関係を壊してまで意見を言いません。

時に何でもない支援が省かれたり、ケアプランにはなかった支援が追加されたりするのです。

中高年からの介護職


介護保険制度の仕組みを知ることがとても重要です。

誰が中心となって、支援策が組まれているのかを知らないと、介護が始められないからです。

そのうち、介護職の役割も分かってくるでしょう。

そして、介護職と他職種の違いにも気付くはずです。

介護職を続けるなら「介護福祉士」を目指すべきですが、本気で介護に関わりたいなら「社会福祉士」や「看護士」、「理学療法士」などの専門職を視野に入れましょう。

なぜなら、「介護したい」という思いが無駄にならないからです。

介護職の場合、個々の判断で良かれと思っても、支援として「不要」と判断されればすぐに介助を停止しなければいけません。

少しでも歩けるようにしたくても、それは介護職の仕事ではないからです。

拒絶を示す利用者に食事を促すことが無駄だとしても、あれこれと騙しながら食べさせることが求められるケースだってあり得ます。

「嫌がっているのに?」

「食べさせるのが介護職の仕事です」

言い返せないまま深いため息をつき、「さぁ、少し食べようね!」と利用者の口もとに食べ物を運ぶことになるかも知れません。

食べることが嚥下機能の回復に繋がり、栄養面からも食事が大切なのだと言われれば、介護職の立場では「ハイ」としか言えなくなるのです。

「こんな風に考えることはできませんか?」

専門家であれば、対等に意見を交わすことも可能ですが、介護士が他職種に意見するのは難しいでしょう。

「あと一口だけ…」

利用者が介護士を信じて、口を開けてくれると切なくなることもあります。

介護士の「正義感」とは何でしょうか?

介助の目的や根拠も不明なまま、誰も得をしない支援をしていると、介護士の「正義感」が分からなくなってしまいます。