介護現場の実情

介護現場に起こること


出勤日の前日、急に体調を崩してしまうことがある。

しかし、介護施設ではシフト制を採用していて、その時間帯に代わりがいないことも珍しくない。

つまり、誰かに負担を掛けなければ、急に休むことができず、時には咳込みながらでも出勤する。

「アレ、〇〇さんや、〇〇さんは?」

フロアーに見える人数があまりにも少なくて尋ねてみると、「2人ともインフルエンザにかかったらしいですよ!」と返答がくる。

状況次第では、半休にしようと考えながら出勤したものの、もうそんなことを言い出せる雰囲気は何処へやら。

出勤直後から、減った人数分を埋めるために普段の2倍も3倍も働くことになる。

いつもなら、30分で終えるオムツ交換を、20分以内で終えなければいけないプレッシャーを感じながら昨日まで寝込んでいた身体に鞭を打って仕事をこなしていく。

テンションが上がっているのか、妙にハイな気分にもなり、ひと息つく頃にはドッと疲れが押し寄せてくる。

熱が上がって来たようにも思う。軽い咳が、重くなったようにも感じる。

「介護の仕事って何だ!」

体調を崩した自分が悪いのだけれど、一向に仕事が続く。

そして、いつもよりも利用者から用を告げられる。

「それ今じゃないとだめですか?」

露骨には言えなくて、だけど遠まわしに確認してみるも、全くこちらの意図など気づかなくて要領を得ない。

「分かりました。すぐにお持ちしますね!」

そう答えた時に限って、「ありがとう」と言ってもらえる。

体力がないと、さまざまな利用者の要望に応じるのは大変だ。

まず、何をして欲しいのか明確に教えてくれないことも多い。

それは、利用者自身がどう説明すれば良いのか分かっていないからで、何度も同じような説明を続けるので、介護士の方で「このこと?」とか「あのこと?」を当たりを付けて確認しなければ時間ばかり掛かる。

また、不安や承認欲求からお願いされることもある。

多くは同じフレーズで、取り立てて急ぎではない。

しかし、利用者自身にとっては蔑ろにして欲しくないことで、介護士が応対するまでずっとコールを押し続けていたりする。

「どうしたの?」

「〇〇ですか?」

「〇〇ですよ」

たったこれだけのフレーズなのに、5分後にまた繰り返される。

服薬の影響なのか頭がぼんやりしていて、作業に手間取る自分がいる。

気づくとインカムにコール音が鳴り出し、「どうしましたか?」と尋ねると、「〇〇ですか?」とさっきの会話を持ち出してくる。

「〇〇ですよ。大丈夫だから!」

そう言って通信を切っても、またコールが鳴り出すのだ。

心に余裕があれば、いつものペースで仕事が片付けば、そんな利用者にも「どうしたの?」と先が分かっていても知らない顔して聞いてあげられる。

しかし、クラクラする頭と、咳の苦しさもあって、「〇〇です。大丈夫だから!」と不躾に結論を押し付けてしまう。

もちろん、それで納得するはずもなく、しばらくすれば「〇〇ですか?」と以前と変わらない口調で尋ねられる。

ギリギリまで追い詰められる感覚が募る。

「もう何も訊かないでください!」

実際、介護現場で介護士がそんな口調で答える姿を何度も見てきた。

もう少し優しく答えれば良いのに…。

普段のそんな思いは何処へやら。

彼らはこんな気持ちだったのか…。

「どうしましたか?」

震えそうな声で、そう告げるのがやっとだった。

「〇〇ですか?」

「〇〇ですよ!」

別の仕事を時間通りにこなしつつ、合間に繰り返されるコールにもどれだけ誠実でいられるか。

介護の仕事は、人間性を丸裸にすることがある。

それだけに、タフで健康で、誠実さを求め続けられる。