介護に出てくる「人間の尊厳」を考える

教科書にも出てくる「人間の尊厳」とは


「尊厳」と聞くと、何だか難しそうな話ですね。

しかし、人が「自分らしく暮らす」ためには、誰もが一度はしっかりと考えたいテーマです。

「自分らしく」というと、教科書では「個人の好み」や「生きがい」などを大切にしましょうと説明されています。

明るい色の洋服を着たいのに、いつも決められた色の服しか着れなかったらどうでしょうか。

また、今日は「とんかつ」を食べたいのに、「野菜炒め」だったら食べる気持ちも変化が必要です。

つまり、それぞれの選択やそこに至るまでの気持ちに目を向け、「これを食べたい!」とか「ここに行きたい!」というような好みを大切にしようと解説されています。

さらに具体的な例


教科書の説明は正しいと思いますが、現実はもっとシビアです。

既に結婚して実家を離れてしまった人は、子育てに追われる日々を過ごすかも知れません。

子育てを終える頃になると、夫婦の二人の生活に戻るでしょう。

そんな時に実家の両親が加齢により、これまでの暮らしを継続できなくなったらどうしますか。

近所に住んでいれば、時折り実家を訪ねることでサポートもできるでしょう。

しかし、遠くに住んでいて、たまに訪ねるくらいではサポートできない状況になっていたら、「一緒に暮らす」という選択や、「介護施設」を利用することも考えなければいけません。

現実的な話をすれば、何十年も別々の暮らした両親との生活は何かとハードルが高いものです。

住まいの立地やスペースの問題も出て来るでしょう。

特に自身の配偶者が同居を望むか否かも重要です。

ある意味で、配偶者にとっての「自分らしさ」に影響が出てくるからです。

また、介護施設に入居する場合、多くは生活スタイルが変わります。

庭付きだった人は、庭いじりも控えなければいけません。

介護施設によっては、共同の家庭菜園を運営していたり、敷地外の民間施設と提携していたりもなくは無いですが、限られた環境だとも言えます。

自宅での生活が困難になり、有料老人ホームや特別養護老人ホームなどに入所する場合、生活を改める決意が必要です。

もう一歩踏み込めば、「もう自宅での暮らしは難しい」という現実を理解しなければいけません。

そんな人が施設の利用者となるのです。

介護士として現場に出ている我々は、何度も書いていますがタイムスケジュールに追われて忙しく働いています。

「すいません! お茶を下さい!」

「ちょっと待って下さい!」

どちらも悪気はありません。しかし、自宅での暮らしとは随分と異なります。

そんな状況下で暮らす利用者に向かって、「何度も迷惑です!」と介護士が言ったらどうでしょうか。

忙しさのあまり、出てしまった言葉だとしても、利用者の心は傷つきます。

少し大げさな表現ですが、多くの利用者は「ある覚悟」を持って介護施設を利用しています。

それだけに、施設での暮らしを自分なりに充実させたいと思っています。

共同生活なので、ルールがあるのは仕方ないこと。

しかし介護士が独自に作った「思い込み」で介護したらどうなるでしょうか。

もちろん、介護士も悪気があるのではありません。

介護知識や技術、さらに個人の人生観などが絡み合って、思い込みの介護を行ってしまうのです。

この「思い込み」はとても厄介な感覚で、悪意がないだけに迷惑に気付きません。

これから介護の仕事を始める時に、「人間の尊厳」を早い段階で学ぶのは、この「思い込み」に気づいて欲しいからでしょう。

「同じことを言わないで下さい!」

「さっきトイレに行ったでしょう!」

まだ心身機能に低下がない我々なら、そんな声かけに違和感がないかもしれません。

しかし、高齢者はトイレに行っても、残尿感が残ることは珍しくないのです。

だからまた「トイレに行きたい!」と訴えたとしても不思議はないでしょう。

それなのに、介護士に迷惑がられたり、怒られたりすれば、やるせない気持ちになります。

「私だって、来たくて来たわけじゃないのに…」

介護では「事実」よりも「気持ち」が大切!?


介護をする時、「トイレに行きたい!」という利用者がいたら、まずは何より誘導しましょう。

頻回の場合、個々の介護士が介助方法を考えるのではなく、全体カンファレンスで支援方法を検討すれば良いのです。

つまり、「さっき行ったでしょう!」と介護士が怒る必要はありません。

介護現場は、利用者に合ったケアプランが作成され、それを実践する場所です。

介護士は指示に合わせて介護サービスを提供しています。

つまり、介護士が利用者のニーズを断るのは、生命や健康に支障が出る場合などであり、自己都合で決めることではありません。

この流れを理解することが、「初任者研修や実務者研修」の目的でもあります。

なので、介護福祉士を経てケアマネになり、ケアプランを作成して利用者支援の方法を考える立場を目指すことに意味があるのです。

言い換えれば、「人間の尊厳」に目を向けない介護士が、ケアプランを作ってしまうと利用者のニーズを軽視してしまいます。

「だってそれは大変だから…」

確かに現場は忙しいのですが、何のために支援があるのか考えると「人間の尊厳」はとても大切です。