トイレ誘導を拒む介護士の言い分

ある介護現場での出来事


介護経験があるか否かに関わらず、「人がトイレに行きたい」と思うことは特別な出来事ではないと思うでしょう。

なぜ、こんなやりとりを示したのかというと、ある介護士が「さっきこの利用者はトイレに行っているので、今はトイレに行かなくても大丈夫!」と他の介護士に説明していたからです。

それを聞いた介護士ですが、戸惑いながらも利用者の要望に応じてトイレを誘導をしています。

これが後輩介護士だったら、先輩の忠告を無視してトイレに連れて行かなかったかもしれません。

ある意味で「介護方法」はいろいろあるので、どれが正解かは明確に判断できるものではないのです。

しかしながら、利用者がトイレに1人で行けなくて介護士に介助をお願いしている場合、トイレに連れて行く介護士が多いように感じます。

つまり、「さっきトイレに行ったから…」と説明した介護士の言い分を理解することができないかもしれません。

介護現場では言動の背景を分析することが大切


仮に、トイレに行ったからと説明した人が、「介護士A」と呼ぶことにしましょう。

介護士Aは、起床時、午前9時、昼食前、午後3時、夕食前、午後8時、と介護施設が推奨している時刻にはトイレ誘導が必要だと思っています。

言い換えれば、運営サイドが提示する介助に忠実で、それ以外の時間帯には別の仕事を行うべきだと感じています。

確かに、介護現場の介護士は、時間帯によって行うべき仕事がずっと続きます。

トイレ誘導だけをしていれば良いわけではありません。

どちらが優先されるべきかを考えた時に、利用者側もトイレに行ける時間を守ることで、利用者と介護士それぞれの効率化に努めようとしているのです。

さらに付け加えれば


介護士Aは、介護が好きで介護士になった人ではありません。いくつかの仕事を経験し、介護士になった人です。

言い換えれば、介護施設との契約内容に誠実であることを大切に思っています。

なぜなら、介護現場では、サービス残業や自主的な早出が暗黙の了解で求められる風潮があります。

介護記録をつけるのは、仕事を終えた後というケースも珍しくないからです。

毎回の勤務の後に、15分、30分の残業が求められるのは、他業種では不思議に思うことかもしれません。

そこが、「介護=人助け」という精神に通じるのでしょう。

ある意味で、介護士はギリギリの労働環境下で働いている部分もあり、残業や早出が自主的なら問題ないとしても、見えない力で促されているのだとすれば、問題になるのかもしれません。

提供するのが当たり前!?


5分あれば、トイレ誘導ができます。

退社時間が迫っている時、利用者の異変に気づいた介護士はトイレ誘導に行くか否かいつも良心と葛藤しています。

1人でもトイレが済んでしまえば、残された介護士たちの負担が減ります。

もちろん、そう思い過ぎれると、サービス残業になっていくのですが。

結局、介護士Aはなぜトイレに誘導しないのか?


もしかすると、介護士Aは決められた時間にトイレ誘導を行うべきだと考えているのではないでしょうか。

何でも要望に応じてしまうと、介護士の負担ばかりが増えて、結局は労働環境が悪化すると思うからです。

一方で、車イスなどの利用者は、移乗(車イスから便座に乗り移る)ができないこともあります。

安全面への配慮から介護士がサポートしているなら、要求に応じない介護方針とは何でしょうか。

ある意味で、介護が現場で起こるものと考える一方で、ケアプランに従うべきものという考えもあります。

だとすれば、介護士Aは施設が用意したスケジュールに誠実なのでしょう。

それが否定される理由はないのかもしれません。

しかし、現実としては、他の介護士がトイレ誘導しているわけで、周りがサポートしています。

「スケジュールに従っているだけ!」

そう思える人なら、方針を変えることはないでしょう。

「他の介護士が負担しているのか…」

そう思って、臨機応変な介助にするのかは、個人の考え方を持つしかありません。

しかし、介護はいくらでも細やかなサポートができる仕事。

肉体的にも精神的にもギリギリまで追い込める一面もあります。

介護士にそれを求め過ぎると、介護負担に耐えきれずに辞職してしまうでしょう。

かと言って、事務的では補えないこともあります。

介護の難しい一面ではないでしょうか。