介護のプロになるには?

1年で介護をどれだけ学べるか?


未経験者が介護業界に入ったとして、一年でどれだけの介護を身につくでしょうか。

こみちは、これまでにも「排せつ、食事、入浴」の3つが大切だと紹介してきました。

今でもそれは間違いではないと思っています。

しかし、その3つは介護の基本に過ぎず、介護現場ではスピードやアレンジなどが要求されます。

例えば、入浴を介助する場面では、利用者に心地よいひと時を過ごしてもらうのも大切です。

しかし、どれだけシンプルにして、1人でも多くの人に入浴を味わってもらうのも重要になります。

つまり、無駄な作業を徹底的に排除し、必要な作業だけを手際よく熟すことも介護のポイントなのです。

この領域にたどり着くには、頭で考えるだけではダメで、数をこなして覚えるしかありません。

まれに器用な人はすぐに覚えてしまうこともありますが、多くの人は場数を増やすことが重要です。

その意味では、普段から厳しい環境で介護に触れていなければ、スピードも上がって来ません。

そして、どこまで自分技術高めたいのかで、働き方や選ぶべき介護施設も変わってくるでしょう。

役に立たない介護士で良いのか?


キャリア10年オーバーの介護士は、さまざま経験を持っています。

一方で、10年間ずっとスキルアップして来たのかは分かりません。

今の施設では何となく仕事できているつもりでも、さらにレベルの高い介護を提供している施設入れば、半人前の扱いを受けるでしょう。

それはどこまで行っても言えることで、自分の介護技術がどこまで通用するかは、自分で決めるしか無さそうです。

中高年になって、何度も挫折するのは簡単なことではないでしょう。

「センスありますね!」と煽てられて、ろくに介護技術が身についていない介護士になるのも本人次第です。

実際のところは、介護技術の備わっていない介護士にはなりたくないけれど、バリバリと頑張っていける自信もないのが本音かも知れません。

介護士が利用者の生命に大きく関わるケース


人が生きていくには、何らかの栄養素を摂取する必要があります。

しかし、それができなくなったらどうなるでしょう。

例えば、歯がなくなり、入れ歯も合わないと、美味しく食べることはできません。

だからといって、ペースト状の食事では食べる楽しみが薄れてしまいます。

また、自身が食べる意欲を失った場面ではどうでしょうか。

医療的な手法としては、経管栄養を用いて、噛まなくても食事同様に栄養素を摂取できる方法があります。

しかし、この領域になると、「生きるとは何か?」という人間の根本を振り返らなければ答えが見つかりません。

ある意味で、食事介助はそんな人生哲学に通うじています。

認知が進むと、食べることに執着しなくなる利用者もいて、口もとに食べ物を運んでも食べたくないとアピールすることもあります。

声かけや促しによって、食べてくれることもあるのですが、本当に食べてくれなくなったら、利用者は体力を失ってしまいかねません。

その場合には、利用者やその家族を含めて、食事のあり方や経管栄養に踏み切るのか相談することになります。

それはまさに「生きるとは何か?」で、介護士としてもどれが正解なのかを決めることはできません。

介護技術だけでは乗り越えられない場面なのです。

介護のプロになるためには、介護技術を身につけ、さらに場数を踏み、そして介護技術では越えられない問題に触れていかなければなりません。

「延命するべきか否か?」

介護ではターミナルケアなどとも呼びますが、介護士として何ができるのかを改めて考えてしまいます。

介護福祉士になるには、介護の現場を3年以上経験しなければいけません。

しかし、1つの施設で3年過ごした人と、1年ごとに3つの施設を経験した人では介護に対する幅が違ってくるでしょう。

のんびりとした現場で、個々の利用者に向き合った介護をして来たのか。

それとも、病院のような緊迫した施設で介護をしたのかでも、結果が異なるでしょう。

介護を頭で考えてしまうと、現場でつかない介護士になってしまうかもしれません。

1年程度、1つの現場だけというと、ある意味で「想像の介護」になってしまうのでしょう。

介護のプロになるためには、さまざまな介護サービスを抱えている介護施設が便利です。

ある程度、そこの施設で経験したら、グループ内の別施設に異動すれば、転職にもならずにキャリアを磨けます。

1つの介護施設で長く働くのもアリですが、介護のプロになるためにも、幅広い経験を自分から求めていく姿勢も必要です。