中高年の方が感じる現実
こみちが失業のは、40代後半になってからでした。
ハローワークで雇用保険の手続きを済ませ、求職中になったのです。
大変なのは失業したことよりも、これから自分が何をして働けば良いのか分からなくなってしまったこと。
中高年のこみちが仕事を検索すると、営業職や警備員など、特定の職業がほとんどでした。
きっと、これらの仕事がピックアップされるのは、年齢や保有する資格、経験値などから適性があるから。
とは言え、決められた職種ばかりが並んでしまうことに、「年齢」を感じたのも事実です。
大変なのは失業したことよりも、これから自分が何をして働けば良いのか分からなくなってしまったこと。
中高年のこみちが仕事を検索すると、営業職や警備員など、特定の職業がほとんどでした。
きっと、これらの仕事がピックアップされるのは、年齢や保有する資格、経験値などから適性があるから。
とは言え、決められた職種ばかりが並んでしまうことに、「年齢」を感じたのも事実です。
その意味では、今自分がやりたいと思う仕事がある人はラッキーな人です。
中高年になれば、仕事をいうものを自分なりに解釈し、「この仕事はここがダメ」「あの仕事はそこがダメ」と悪い面ばかりが目について前に進めなくなってしまいます。
中高年になれば、仕事をいうものを自分なりに解釈し、「この仕事はここがダメ」「あの仕事はそこがダメ」と悪い面ばかりが目について前に進めなくなってしまいます。
働くということ
「働くということ」と「お金を稼ぐということ」は違います。
「お金を稼ぐ」とは、単純に利益が見込める仕掛けを見つければいいだけです。
100円をそのまま200円にはすることはできませんよね!?
しかし、100円で何かを作り200円で売れたら、100円が200円になったのと同じことです。
しかし、100円で何かを作り200円で売れたら、100円が200円になったのと同じことです。
つまり、「お金を稼ぐ」とは、その金額で見込める最大限の仕掛けを講じることなのです。
一方で「働く」とは、自分やその周りにいる人たちが幸せになることを指します。
そして、働くことで、新たな価値観を見つけ出すことにもつながります。
同じ目的を目指す人や、同じような悩みを抱えた人に出会って、新たな発見や解決策に触れられることも働くことの魅力でしょう。
働くということの目的には、自分自身を豊かにすることがあるのです。
働くということの目的には、自分自身を豊かにすることがあるのです。
新しい職場はすぐには慣れないかも知れません。
しかし、3ヶ月も経つ頃には職場の人とも仲良くなり、これまでの職場では経験できなかったこともあるでしょう。
働くことを通じて、大変さもやりがいも感じ、また同じ職場から広がる人脈が自身の可能性を広げてくれるのです。
こみちの個人的な感覚ですが、サラリーマン時代の2〜3倍の報酬を得て、やっと同等のやりがいを得られるでしょう。
自由に働いているのだから、少しくらい報酬が下がっても仕方ないと考えてはいけません。
だったら、就職できる限り、サラリーマンで「働く」べきです。
その理由はとても簡単で、将来的に会社を立ち上げたり、個人事業主となる人ほど、「働くこと」を幅広く経験するべきだと思うからです。
「稼ぐ」のはもっと先の話です。
同じ10万円でも、サラリーマンなら会社の用意した設備や環境、出会いがあります。
ところが、自分で仕事をすると、すべての準備を自分でしなければいけません。
環境を整備することもそうですが、人と出会ったり、新しい技術に触れたりするのも、自分自身に掛かってきます。
こみちとしては、2倍、3倍増えた報酬をこの「準備」に当てたいのです。
でなければ、サラリーマンをしている時よりも自分を広げていけなくなるでしょう。
つまり、「稼ぐ」ではなく「働く」を意識したいのです。
中高年になると、人に使われることに抵抗も出てきます。
若い人にアゴで使われれば、内心ため息もつきたくなるでしょう。
しかし、中高年の我々は、変なプライドに翻弄されてはいけません。
大切なのは、「働く」ことだからです。
介護施設で働くようになって、高齢者のイメージが変わりました。
確かに認知力の低下した利用者もいます。
しかし、多くの人は我々よりも古い時代をたくましく生きて来た人で、さまざま経験を経て今を生きています。
それは、普段の何気ない瞬間に感じられ、中高年のこみちに未来への着眼点を与えてくれるのです。
一方で、介護士の中には、高齢者を「下」に見ていたりします。
低下した運動機能だけに着目する人です。
彼らは、「自分が老いる」というイメージが持てない人。
好きで老いているわけではないことを、経験していないのです。
つまり、彼らだっていつかは老いてしまいます。
そんなことが現実になるまで、我々が待つ必要はありません。
上から目線で接して来たら、「何でしょうか?」と微笑んであげたら良いのです。
むしろ、どうしてそんな風に考えるのか観察し、自分の人生経験を豊かにする材料にしましょう。
確かに、思い起こせば、中高年の人でいつも笑っている人がいました。
腰を低くて、温厚なのです。
今にして思えば、若い人に張り合ったり、挑んだりしても意味がないことを知っていたのでしょう。
勝ち負けを競うよりも、自分のこれからをどう豊かにしていくのかを大切に思ったのです。
「稼ぐ」だけでは、大きな報酬を得ても、高額な物を買うしかできません。
そこにどれだけの価値があって、どんな風にして経験に変えていけるのかは、「稼ぐ」だけではなかなか手に入らないのです。
それは、とてもチープに暮らしながらも、楽しく生きている人を知りませんか。
彼らはある意味で、「稼ぐ」を放棄し、その活用方法に着目した人々です。
これからの仕事探しを行ううえで、報酬額だけでなく、そこから得られる可能性にも注目しましょう。
それがあることで、自分の会社を作ったり、個人事業主として楽しく生きていけると思います。
「働くこと」の意味をもう一度見直してみてはいかがでしょうか?
しかし、3ヶ月も経つ頃には職場の人とも仲良くなり、これまでの職場では経験できなかったこともあるでしょう。
働くことを通じて、大変さもやりがいも感じ、また同じ職場から広がる人脈が自身の可能性を広げてくれるのです。
フリーランスを始めるなら
こみちの個人的な感覚ですが、サラリーマン時代の2〜3倍の報酬を得て、やっと同等のやりがいを得られるでしょう。
自由に働いているのだから、少しくらい報酬が下がっても仕方ないと考えてはいけません。
だったら、就職できる限り、サラリーマンで「働く」べきです。
その理由はとても簡単で、将来的に会社を立ち上げたり、個人事業主となる人ほど、「働くこと」を幅広く経験するべきだと思うからです。
「稼ぐ」のはもっと先の話です。
同じ10万円でも、サラリーマンなら会社の用意した設備や環境、出会いがあります。
ところが、自分で仕事をすると、すべての準備を自分でしなければいけません。
環境を整備することもそうですが、人と出会ったり、新しい技術に触れたりするのも、自分自身に掛かってきます。
こみちとしては、2倍、3倍増えた報酬をこの「準備」に当てたいのです。
でなければ、サラリーマンをしている時よりも自分を広げていけなくなるでしょう。
つまり、「稼ぐ」ではなく「働く」を意識したいのです。
中高年になると、人に使われることに抵抗も出てきます。
若い人にアゴで使われれば、内心ため息もつきたくなるでしょう。
しかし、中高年の我々は、変なプライドに翻弄されてはいけません。
大切なのは、「働く」ことだからです。
介護施設で働くようになって、高齢者のイメージが変わりました。
確かに認知力の低下した利用者もいます。
しかし、多くの人は我々よりも古い時代をたくましく生きて来た人で、さまざま経験を経て今を生きています。
それは、普段の何気ない瞬間に感じられ、中高年のこみちに未来への着眼点を与えてくれるのです。
一方で、介護士の中には、高齢者を「下」に見ていたりします。
低下した運動機能だけに着目する人です。
彼らは、「自分が老いる」というイメージが持てない人。
好きで老いているわけではないことを、経験していないのです。
つまり、彼らだっていつかは老いてしまいます。
そんなことが現実になるまで、我々が待つ必要はありません。
上から目線で接して来たら、「何でしょうか?」と微笑んであげたら良いのです。
むしろ、どうしてそんな風に考えるのか観察し、自分の人生経験を豊かにする材料にしましょう。
確かに、思い起こせば、中高年の人でいつも笑っている人がいました。
腰を低くて、温厚なのです。
今にして思えば、若い人に張り合ったり、挑んだりしても意味がないことを知っていたのでしょう。
勝ち負けを競うよりも、自分のこれからをどう豊かにしていくのかを大切に思ったのです。
稼ぐだけでは?
「稼ぐ」だけでは、大きな報酬を得ても、高額な物を買うしかできません。
そこにどれだけの価値があって、どんな風にして経験に変えていけるのかは、「稼ぐ」だけではなかなか手に入らないのです。
それは、とてもチープに暮らしながらも、楽しく生きている人を知りませんか。
彼らはある意味で、「稼ぐ」を放棄し、その活用方法に着目した人々です。
これからの仕事探しを行ううえで、報酬額だけでなく、そこから得られる可能性にも注目しましょう。
それがあることで、自分の会社を作ったり、個人事業主として楽しく生きていけると思います。
「働くこと」の意味をもう一度見直してみてはいかがでしょうか?