「失敗」ではなく「そこから」が大事!

 父親の尿漏れが治らない!?

トイレの便座カバーを濡らしていた父親。

彼は夜間リハパンを履いて寝ている。

でも朝になれば、リハパンで吸収しきれない尿漏れが起こっている。

その原因はいくつかあって、そもそもの話、夜間に老化や腎機能の低下から尿の量が極端に増えるらしい。

腎臓の役割は、体内に溜まった毒素を濾過するような役割があって、機能が低下すれば尿量が増えたり、体内の毒素がいつまでも残ってしまう危険性もある。

一般的に糖尿病から腎疾患になると、糖質の他に塩分や水量まで気をつけなければならず、食事や水分の取り方まで難易度が一気に上がる。

父親の場合、健康診断でも数値だけを見れば、腎機能低下による症状は見られない。

ただ、最近の偏食などを考えると、改善しなければいけない、または改善によって向上される可能性は高い。

しかし、衣食住に関わることが介護だとすると、一人の大人を介護するには大人3人が集まるくらいでないと難しい。

と言うのも、介護は二度三度同じことをするような手間が普通だから、ことが進まないことで普通はストレスを感じ、イライラした態度になるからだ。

それを我慢することにも自律神経を正常に保つ必要があって、目には見えない部分として介護する側を心と体の両面から疲弊させる。

父親がお漏らししてしまう原因として、オムツではなく、リハパンということも関係する。

尿漏れだけを防止したいなら、オムツでガッチリ固めた方がリスクを下げられる。

しかし、それは本人を確実に追いやり、老化が進む行為でもある。

介護では自立支援を掲げているが、その意味でもできることは最後まで残しておくことがポイントだ。

つまり、漏れてしまうを防ぐのではなく、漏れたあとをどう処理するかだ。

とは、毎朝、パンツはもちろん、ズボンまで濡れている。

布団の上には防水シートで濡れを防止しているが、それだって完璧ではない。

雨や曇りの日、濡れた毛布を干しても簡単には乾かない。

家族はその手間と自立支援の間で、介護を続ける。

「どうせ俺なんて」

自己否定するのは簡単だ。

ミスして落ち込むのも当然の事。

でもポイントはそこではなくて、そこから何を学ぶのかということ。

「ありがとう」という言葉の意味をきっとその時にしみじみと感じるのではないだろうか。

何かされて「ありがとう」という。

現役時代にも同じように「ありがとう」と言ったかもしれない。

でも老いて介護されるようになって使う「ありがとう」には多くの学びがある。

でも父親は「ありがとう」とは言わない。落ち込んで反省しているだけだ。

母親もそんな父親を迷惑そうに怒る。

「何で濡らすの!」っと。

でもいつか誰もがそんな状況になる。

「濡らしてしまうこと」に嘆くのではなく、「ありがとう」という言葉を知って欲しい。