ダメな人
先日、早期退職の話題になった時に、いろいろな仕事の思い出があるけれど、でもそれが真実だったのか分からないという結論になった。
ここでいう真実とは、唯一無二もそうするしかないというようなものという意味。
つまり、納期が短くて、早く職場に行って作業したり、急遽別部署からも集まってもらったりして、ワイワイと仕事したことも大変で貴重な体験ではあるが、そうするしか無かったのかというとそんなことはなかった。
でも、会社の定年制度に従って、いろんな体験と共に職を辞した少し年上の先輩がいる。
「彼が」ということではないけれど、人生において自分にしかできないということを見つける方は大変で、しかもそれが社会的に必要とされ、しかも収益化できるとなれば、そんな仕事に就けた人は数少ない幸せ者だろう。
「人生とは〇〇だ!」
そんな風にストイックに身構えて、真実を頑なに疑わない人は、一見真面目で誠実にも見える。
でも、会社員として定年まで働き、その後は年金と退職金を使って第二の人生を送った人の方が、結局「真実」など見つからないくらいなら、そうやって生きた方がいいのかもしれない。
そう考えると、ダメな人とは不真面目に生きる人ではなく、中途半端に真っ当なことを考えて、でも真実のような答えにも行きつかないこみちのような人を指すのだろう。
真実ありきのハイクラス転職!?
年収1000万円をいきなり出してくれるような求人を見つかったとしよう。
でもその条件は、平均で10個の契約が取れる仕事で、30個取った時。
つまり、そうそう手に入らない「真実」を手にした人だけに与えられる仕事となれば、多くの人はやがて去って行くことになる。
真実とは全く無縁で、だから給料もそう高くはなくて、自分はあまり出世とは関係ない人生だと思う人に、「ハイクラスな転職」がどう当てはまるだろうか。
結局、一時的に給料が3倍になっても、その条件が簡単にクリアできないのなら、転職前と後で人生はどれだけ豊かになるだろう。
歌をある程度上手く歌える人って多いけど、それで稼げる人は本当に少ない。
これってどんな業界でも言えて、上手い人って意外と多い。
でも稼ぐとなるともっともっと厳しい。
そんな中でも出来てしまう人はポンと結果を出してしまうし、出せない人はいつまでも出せない。
頑張っていない訳でもないけれど、残念ながら「真実」に当てはまるような仕事に出会える人の方が少ない。
その意味では終身雇用の制度って、いろんな人基準では良かった制度なのかもしれない。
みんなが言われたことしかしない社会というのも、ちょっとどうなのかと思うけれど、才能で生きるほど有能ではないなら、むしろそうやって言われたことだけをして楽しく生きるのもいいだろう。
人生、間違えたなぁと思ってしまうこの頃だ。