話し合えないもどかしさ
こみちたち夫婦は、妻の帰宅もあって両親とはズレた時間に晩飯を食べます。
だいたいが午後8時くらいでしょうか。
一方の両親たちは6時半から7時くらいに食べています。
昨夜もいつも通り8時を過ぎてキッチンに降りて来たのですが、母親がまだキッチンで洗い物をしていました。
仕事が忙しかったようで、疲れた様子だった母親ですが、父親はいつものように食事を終えてテレビの前で座っています。
実はこみち、昼間に父親を口げんかをしました。
理由は、ポットの湯を沸かすことで。
これは一昨日になるのですが、こみちが自分たち夫婦の食器や調理器具などを食後に洗っていると、父親が「ポットの湯を沸かすから中身を洗い物に使え」と言いました。
こみちは「明日の朝に沸かすからしなくていい」と言い返したのです。
そして翌朝、つまり昨日の朝に朝食作りをする前に湯を沸かしてポットに注いでおきました。
ところが、朝食を終えて、自室に戻った8時頃、父親がポットの湯を沸かしているのです。
その行動にカチンと来て、こみちはキッチンへと降りて行き、「何で湯を沸かしているんだ?」と言いました。
すると父親はもう湯が無くなってしまったと言います。
確かに、やかん一杯の湯量なので、四人がフルに使えばそう多くはないのも理解しています。
しかし、それだけきびきびと湯が沸かせるなら、一昨日の夜、湯を洗い物に使ってと言っても、その湯量はマグカップで2、3倍程度。
それを捨ててしまうのが勿体無いという感覚と、家族がわざわざ父親に合わせてポットの湯を使い、周りを拭いて注ぐだけにしてあげる準備とは比較になりません。
しかも朝、自分で注ぐだけならできるのですから。
そもそも、中を洗ったりしない父親なので、時々ですがこみちや妻がタイミングをみてはポットを洗っています。
父親は湯を注ぐだけ、母親はなぜか忙しいと言い、どんなに汚れても父親にやらせればいいと裏でいい、全く父親に言ったりもしません。
その意味では父親を甘やかしているのは母親でもあるのです。
しばらく、こみちは湯を沸かしてもポットには注がないつもりです。
自分が使うだけをやかんで沸かし、ポットと関わらないことにしました。
でもそうやって無駄に意地を張るのが無駄だと思いますし、別に担当者を決めるような話でもないでしょう。
でも、見つけた人がササッと済ませるということが、両親にはできないようで、それこそポットの湯もそうですが、晩飯を食べるために降りた時に、なぜ母親が食器を洗い、父親はテレビを観ているのかと思うのです。
父親が「洗い物と湯、米とぎは自分でするから、早く風呂に入れ!」と言えばいいだけです。
なぜなら、仕事を終えて帰宅した母親が晩飯を急いで作り、それが豚肉のそぼろと朝こみちが作った料理の残りだったからです。
それだけ疲れていて、一時間くらい調理しているはずなのに、肉を焼くだけしかできない段取りの悪さは日に日に顕著になっています。
それでも一切の助けをしない父親が不思議で仕方ありません。
妻に言わせれば、少し認知症が始まっているのかもと言いますが、確かに「まだら」なのかも知れません。
ただ昔から父親は母親をあてにして何事も一人ではできない性格なので、湯を沸かすことも誰かに準備してもらうことに違和感を感じません。
それこそ、母親の方が施設にでも入ったら、父親の面倒など見れたものではないでしょう。
「まだ米とぎ終わってないの」
洗い物をしている母親に言われました。
別に母親がする家事ではありません。しかも、こみちがすれば5分。遅くても10分掛からない作業です。
「できない」ではなく、「段取りが悪い」のです。
キッチンで何かし始めて、今度は洗面所。さらに自分の部屋とあちこちで同時進行しているので、何も終わらない状況が出来上がります。
誰かが使うにも、母親の広げたままの物で片付けからしなければいけません。
「今日も忙しかったの」と米とぎまでできなかった理由を母親が話出します。
夫婦で晩飯を食べている間、目の前立ち、母親はなぜか1日の出来事を延々と喋りつづけます。
「分かったよ。米とぎするから」
必要な量を残ったご飯から決めること。そして、米とぎを研ぎ、炊飯器にセットすること。
特に難しいことは何一つありません。
しかし、複数の行程がある作業を父親は昔からしません。
朝、洗濯物を干す時は、自分の食器も洗いません。
ポットの湯を沸かす時は、洗濯物も干しません。
朝のゴミ出しを頼む時は、ゴミを集めてまとめるまでしてから運ぶだけにしてやっとできるのです。
しかも「ゴミ出し」すると、湯を沸かすこともしなくなります。
常に何か一つだけ。
残りを母親がして来たのでしょう。
昔、母親が夜の10時になって洗い物をしていたことがあって、それは6時や7時に終えた晩飯の後片付けが追いつかないからです。
でも、特段大変なことをしていた訳ではありません。
頑張り屋なのは間違いないことですが、とにかく、要領が悪いのと、父親がそんな母親を見捨て過ぎです。