例えば「美容師」として「才能」あるとは?
まず、「才能」とは何だろうか。
思うに「才能」は、「何かを処理する能力」だろう。
美容師が髪を綺麗にカットできるのは、間違いなく「能力」であり、「才能」だ。
さらに言えば、同じ美容師でも、人気がある人とそうでない人がいる。
今も言葉として残っているのか、昔は「カリスマ美容師」なんて言葉があった。
例えば、そんな「カリスマ美容師」が、田舎町で美容室を経営していても、評判が広がり全国区でトップのお店になるのかとと考えたら、そこは難しいだろう。
経営者としての手腕がある人は、店を増やし、美容師を雇い、さらには育成して事業規模を拡大させる。
イメージとしては、美容師としてのレベルを1から10にアップさせるには、思っている以上にどんどん裾野も広げないといけないので、雇われている美容師と店を構えている美容師、さらには複数の店舗とスタッフを抱えるオーナー美容師では、同じ「才能」では比べられない。
美容師を例にしたが、美容師になるには国家資格を取得しなければいけない。
そのためには、美容学校にも通うことになるだろう。
つまり、「才能」と言っても、見える形で段階を踏まなければ、そもそも「美容師」にはなれないし、「才能」のあるなしの議論にも行きつかない。
手先が器用だから、家族の散髪もできてしまう。
そのことと美容師として「才能」があることもまた、当然ながら比較できない。
「美容師」として才能があるのかも、そのステージに立つところがスタートで、そこに到達しない段階では、そもそも検討すらできないという話。
ニセモノの「才能」がある!?
先の例え話で使った「美容師」は、本物の才能を持っている。
もっと言えば、美容師としての有資格者でも、接客業ができない人は腕こそあるが美容師として働けないことになる。
でもココでいう「ニセモノ」の話は、そんな美容師を指しているのではない。
ニセモノの「才能」の特徴は、当初から継続性が見込まれない「才能」をいう。
「美容師」にしろ、「介護福祉士」にしろ、有資格者はその資格を失う状況にならない限り、継続的に能力を誇示できる。
しかし、ニセモノの「才能」には、「継続性」がなく、スタートした時からいつか「終焉」することが予定されている。
では具体的にどんな「才能」がニセモノになるのだろうか。
美容室の経営で考えると、美容師の有資格者ではない人が、「店舗オーナー」として店を出す時、出店地選びに始まり、店長候補者、美容師などなどを用意する。
ここまでは、ビジネスモデルでもよくある手法で、ホンモノとかニセモノの議論には当たらない。
しかし、その費用を自身で賄うことができないために、どこから出資してもらおうというビジネスモデルだった場合に、例えば自身の名義で金融機関などから借り入れる場合と、広く出資者を募集し、資金調達をはかったという場合ががある。
そして、広く出資者を集める時に、予定していた費用すべてを出資金で補い、発起人自身は「0円」のままで代表者として事業を中心的な存在になったとする。
元手がなくてもビジネスを始められるというのは、少し特殊な「才能」と言えるだろう。
さらに、しっかりと利益を出し、店舗を繁盛させることができれば、事前に取り決めていた「報酬」を手にすることができる。
ここで紹介した話を別角度からもう一度触れてみよう。
まず、店を出したいから「共同経営者にならないか?」と持ち掛ける。
そして「1000万円」を出資させることができたとする。
その資金で、1億円規模の店舗経営に向けた大掛かりな準備を始める。
最新の機械やカリスマ美容師も用意し、その地域でナンバーワンを目指すのではなく、日本一の店舗を作ると意気込むのだ。
しかし、美容師経営をしている人で、一店舗で担える収益に上限があることは承知の事実だ。
本来なら店舗数を増やす資金繰りや人材育成に意識は向いている。
ところが「これまでに見たことがない大掛かりな店舗」という謳い文句で、動き出した事業は従来の出店準備とは異なり、何もかもが話題性に富んでいる。
一方で、1億円の店舗に準備できたのは1000万円で、残り9000万円がまだ目処が立っていない。
そこでまず、業界の有名人や著名人、さらには芸能人との繋がりを使い、自らの人脈の広さを誇示させる。
さらに、店舗勤務しているカリスマ美容師を探し、それなりのポジションを与える代わりに店舗運営の面で協力してもらう。
ここからがニセモノの「才能」が使う手口だが、「不透明な資金」を使う。
「不透明な資金」とは、例えば利息が割高で、ビジネスを行うには経営を圧迫しそうな資金である。
なぜそんな資金を使うのか。
理由は明白で、まず準備できた1000万円でできることでは儲からない。
あくまでも1億円の店舗という触れ込みで、注目されて人と金の流動を目論んでいる。
つまり、不都合な9000万円だとしても、数年という期間であればどうにか店舗経営が持ち堪えられれば十分なのだ。
その間、1億円のド派手な店舗は業界内外を驚かせる経営を続け、その陣頭指揮を取った人は0円で多額の報酬を手にできる。
ここで問題は、どうその店舗を手放すのかである。
最も理想的な方法は、店の経営権ごと誰かに買い取ってもらうことだ。
美容業界に疎く、でも資金を持っていそうな人を探し、とても人気で評判のいい店舗で経営が順調であると思ってもらえれば、もしかすると1億円以上で売れるかもしれない。
もう一つは、社会的な要因などで倒産することだろう。
ポイントは、自身がその責任を法的に負わないようにしておくことだ。
例えば、こんな風に継続できないビジネスを動かせば、良心に痛みを覚えない人なら儲けることができる。
個人的には、そこまで周りに迷惑を掛けてまで儲けたいだろうかと思ってしまう。
継続させない前提だからこそのビジネス
美容室の経営で、店舗を営業し始めた時から、いつかは売り抜けたいと思っていた場合、人材育成の名目で、彼らの宿泊施設を提供できる協力者を募る。
さらに食事や美容で使うハサミなどを扱う業者も厳選する。
専任されることで、選ばれた業者は利益が期待できる。
そこで、店舗の経営権を一部買い取ってもらうのだ。
裾野を広げながら、それこそ半分の経営権を担ってもらえれば、自身が手放す時の損失も半分で済む。
あとは「継続できない重大な事由」を準備すればいい。
中高年の仕事探し
継続できない店舗経営のビジネスは、あくまでも頭の中で考えた空想。
人として、世の役に立つために「才能」は使うものだ。
そして、継続させない前提で生み出されるビジネスモデルは、有能な人が思いつく話ではなく、才能が偏り、継続させることができないタイプの人だからそうなってしまう。
特徴として、何度も同じようなパターンの経営になってしまうのは、中身として1000万円にもならなかったビジネスモデルを虚像で1億円、10億円に見せていただけだ。
継続できないから、どこかで大きなトラブルを招き、消滅させることで逃げ切ろうとする。
しかし、中高年の仕事探しは、そんな虚像では始まらない。
確かに老い始めた中高年は、若い年代と比べて劣る部分もある。
でも、いい意味で経験や知恵、覚悟があることで、自分は自分だと落ち着いた行動ができる。
それに、十分ではないけれど、働ければ小さな幸せにも気づける。
嘘をつき、人を騙して、それが分かっていながらできてしまう人になって、有能とか敏腕と呼ばれて嬉しいだろうか。
そんな成功で良いのなら、最初からそうするだろう。
でもそれではいけないし、それで成功しても虚しい自分にしかならないから、本物の才能を求めるのだろう。
「その説明、ちょっと変だよね?」
もしもそんな気づきがあったなら、そこには何らかの策が仕込まれている。
説明が飛躍するのは、本来の時系列をどこかでカットし、再編集しているからだ。
話の上手い人ほど、巧みに編集し、動機や目的がすり替わる。
「なぜ、そんな大金を身辺も調査しないで支払ったのか?」
説明を聞いただけでは疑問が残る。
でもそうした理由は、本人によって説明された部分ではなく、カットされた別の目的に隠されている。
すでに次に展開を見据えていたら、むしろ困難もまた利用されるべき意図したものだったりする。
いずれにしても、我々中高年が幸せを掴むには、本物の才能を磨かなければいけないと思う。