そもそものきっかけ
こみちは絵を描くことが好きで、別のブログやYouTubeにも描いた作品を公開しています。
どこかでも書いたことですが、こみちにとって「絵」とは「文字表記」の別バージョンに過ぎません。
つまり、何処かに行った時に「キレイな景色だ」と文字に書くように、目にした光景を自分の手で描き残したいというのが根底にありました。
中高年の方なら理解していただけると思いますが、今から30年も前にはスマホという便利な道具はありませんでした。
写真を撮るにも、フィルムを買って撮影したら写真屋にお願いして、時には数日後という仕上がりもあったはずです。
「気軽に景色を残したい」ということが、それだけ手間で大変なことでした。
こみちはいろいろ職業を経験してきましたが、「スケッチをする」という作業を不定期でも継続してきました。
そして、時代が変わりスマホが世に登場すると、それこそ描くよりも正確に景色を切り取ることができます。
それだけ世の中のニーズも描くことの意義も異なっていることを理解しなければいけません。
今の時代に「絵」を描くことの意味
今日、一枚の絵を描き、それをYouTubeにアップしました。
約4時間が経過して、視聴してくれたのは実質一人。
あとはこみちがアップした時に確認で閲覧したものです。
なぜ、こみちの描いた「絵」は誰にも観られないのでしょう。
ご存知の方も多いと思いますが、YouTube で割と人気があるコンテンツは、男性なら車やバイク、キャンプ系、女性ならコスメやファッション、料理などでしょう。
そして、男女問わず人気があるのは、旅行や温泉、釣りなどがあります。
もちろん、それ以外にも人気があるコンテンツはたくさんありますが、1つ言えるのは「絵」に関するチャンネルは人気コンテンツと比較するとかなりマイナーな扱いに感じます。
つまり、それだけ視聴者が少ないということ。
ご存知の通り、YouTubeの視聴自体には料金は発生しません。
掛かるのは、自身の「時間」が奪われるくらいです。
つまり、社会人で仕事に忙しい世代は、それだけ視聴する時間も限られていて、時間的に自由度の高い人ほどYouTubeを視聴してくれるでしょう。
このブログには大半が「介護」に関する記事を載せています。
いろいろな方が訪れてくれますが、こみち的には「介護」に関心がある人ではないかと想像しています。
そんな中で「絵」の描き方や「絵」の楽しみ方にも興味ある人はどれくらいいるでしょうか。
例えば、YouTubeの「絵」に関するチャンネルには大きく3つの流れがあって、その1つが「デッサン」などの美大受験を意識したような本格的な描き方を扱う内容です。
もう1つが「絵師」と呼ばれるイラストレーターで、職業としている人から趣味で描く人まで含まれます。
そして最後がiPad のようなデバイスの説明で、機能として「絵」が扱われるチャンネルです。
ここでも、それ以外に活躍されているチャンネルがありますが、個人的にはチャンネル数としては少ないでしょう。
ポイントは、日本国内で「絵」がどのように親しまれているかです。
こみち自身、専門ではないものの、必要であれば「絵」を描くことを仕事としていた時期があって、美大出身のデザイナーたちと机を並べていたサラリーマン時代があります。
今にして思えば、彼らは「描くこと」よりも「感じること」に趣きを置いていて、仕事に追われて描き続けていると「インプットの時間が欲しい」と訴えていました。
つまり、すでに描ける自信があるモチーフをひたすら繰り返す作業は楽しくありません。
クライアントからヒアリングをして、イメージを膨らませて製作することに生きがいや達成感を感じるのだと思うのです。
それが全てではありませんが、1つの事実でしょう。
そのような経験を踏まえると、令和となった時代に「絵」を学ぶことの意味や役割も変化していて不思議はありません。
こみち自身も少しはデッサンの役割を理解しているつもりですが、先に紹介したように仕事として絵を扱いと、必要なことだけど、必須なのかというともっと「重視されるべきことがある」と感じます。
誤解を恐れずにいうと、こみちは進学の時に「美大受験」を許されませんでした。
理由は、祖父が音楽系の仕事をしていた人で、父親にとって「芸術」ほど家族を不仲にするものはなかったからです。
もちろんそれは、昭和初期の社会情勢での話。
その時から時代も変化しているので、今の時代に同じような考え方が当てはまるとは思いません。
ただ、「描くことで何をしたいのか?」という自問はあってもいいように思います。
よく「デッサン」の意義や役割を解説する方がいますが、できることなら「絵」にどんな可能性が秘められているのか、教えて欲しいと思います。
こみち自身、写真と見間違えるような「絵」を理想とは思っていません。
なぜなら、それこそ非効率な作業は趣味ではよくても、仕事には活かせないからです。
少し芸術的なテーマに踏み込むなら、デッサンが上手い人と自負される人に、その先の芸術観を聞かせて欲しいのです。
こみち自身、映像の時代になっていると感じていて、「一枚の絵」で示すことができる世界観に限界もあると思い始めています。
美しい風景画を見せられた時に、見た人はそこから何を感じ取れるでしょうか。
映像なら簡単にできることを今の時代に「絵」で表現する理由が乏しいとも感じます。
なぜ、人生は苦しいばかりで上手くいかないのでしょうか?
実際、「画家」という肩書きで生活を維持するのは容易ではありません。
ただYouTube などのサービスを使えば、「絵を描く」ことを活かせるかも知れません。
しかしながら、収益だけを考えると「絵」を根本的に扱うよりも、イラストくらいの親しみやすさで考える方がウケもいいはずです。
先にYouTube における絵を扱うコンテンツには3パターンがあって、絵画系、絵師系、デバイス紹介系に分かれます。
そして、画家として生計を立てることが難しい人は、美大受験を意識する人にレクチャーするコンテンツが有益です。
また、本格的に美術を学んでいないけれど、絵が得意でイラストも好きなら「絵師」として活躍できるでしょう。
一方で、やはり表現力という選択肢だけで考えると、そもそも「絵を描く」ことを超えて、例えばゲームコンテンツの世界や商品開発の分野など、もう一歩先に進まなければ仕事にすることも厳しいのが現状です。
それは、絵の世界だけでなく、他の職種でも同じことで、一歩も二歩も先に進んでやっと仕事にもできる厳しい時代です。
結論として言えば、「資格をとりました!」ではもう何も始まらないのでしょう。
同様に、「自分なりに努力している」と言った類も、残念ながら始まるまで行きません。
苦しいと思ってしまう背景には、努力するべきことや努力するタイミング、力の入れるべきポイントを間違えているからこそ、ずっと成長が見られないのでしょう。
こみちのYouTubeチャンネルは、かれこれ開設して一年くらい経過しています。
趣味として考えるなら、本人さえ良ければいいと言う話ですが、「頑張っているのに結果出ない!」と考えているなら、とても厄介な状況です。
つまり、選択するべき分野やテーマを見直す必要があれば、コンテンツの構成やターゲットとしている視聴者像も不明確です。
それでは成果が出ないのも当然でしょう。
なぜ生きるのが難しいのか。
もしかすると、自身が生まれたことに特別な理由があると思い込み過ぎて、その理由探しに陥っているのかも知れません。
絵が好きだから「絵描き」になろう。
それは間違えた考え方です。
もちろん、天才と呼ばれる人は、それで成功できます。
しかし、しばらくして成果が見られないと感じるなら、「天才」ではなかったと悟るべきなのです。
つまり、社会や人間関係の中から、自分の居場所を段々と理解し、そこをスタートとして活躍できる場所を変化させて行くことが「生きること」なのでしょう。
人前に立つことが苦手でも、それを求められている人もいれば、逆に人前に立ちたいのに一向にチャンスが巡って来ない人もいます。
好きか嫌いかの話ではなく、自分という人間がどんなタイプなのかを早目に知れば、そこから生きると楽に生きられるはずです。