「 役立つ」を見つめ直そう
中高年になり、例えば「YouTuber」として稼げないだろうか?と考えたりします。
以前は、商売で何かできないだろうかとも考えてきました。
「儲かる」という観点から、「仕事」や「ビジネス」に結びつけられないかと発想を拡大させるのです。
しかしながら、「儲かる」という美味しい話に限って、「大きな見落とし」が隠されています。
例えば、「仕入れられたら」とか、「人手が集められたら」とか、もっと言えば「売れたら」というケースだってあるでしょう。
つまり、上手い儲け話に裏があるのは、その話を持ち掛けた人が「しなかった」理由があるのです。
その時に思ったのが、「人の役に立てること」なら、仕事になるのではないかと言うこと。
例えば、こみちの仕事、「介護士」も人のためという観点で評価できないだろうかと考えたのです。
随分と前置きが長くなりましたが、「役立つ」ってなんでしょうか?
それをあれこれと考えれば、「答え」に近づくことができるはずです。
しかし、「コレだ!」と結論づけることはできません。
それは介護の場合にも言えるのですが、介護士が一方的に想像したことは「答え」とは少しズレが生じます。
「役立つ」も同じで、主役は相手ですから、こちらはある程度の所で手を引くことが大切です。
つまり、「コレをすれば良い」というようなことは、「役立つ」の答えではなく、「上手く行くかもしれない」という所で先を譲るくらいで丁度良いのです。
その感覚がとても重要で、「やり過ぎない」「でしゃばり過ぎない」がポイントです。
「役立つ」が叶う働き方
中高年になって気づいたのは、「人は誰もが怠け者」だということ。
そして、人よりも「得」が好きなのです。
そんな心理が働くのはなぜでしょうか。
つまり、人は働く時に「誰かの役に立っている」と思い込んでいます。
しかしながら、多くの場合は自分のためであり、相手のためではありません。
なぜなら、相手もまた「怠け者」なので、してくれたことが「役立つ」と気づく方が稀だからです。
つまり、明確に相手のためだと思って働いた時に限って、しかも相手が「わざわざしてくれた」と気づいた時に「役立つ」が成立します。
また、相手のためだけを考えると、働き方はとてもシンプルになります。
なぜなら、相手が望むことはそれほど幅広いものではなく、「コレをしてくれないだろうか?」と思っているからです。
でも人は、したことを感謝されたくて、あれこれと勿体ぶったデコレーションを加えます。
それこそが、相手にとっては「ありがた迷惑」なのですが、「何で感謝しないの?」とこっちまで怒ってしまうので話は複雑です。
そして、多くの場合、「面倒なこと」や「やりたくないこと」ほど、誰かにして欲しいのです。
最期の、一番目立つ所は、むしろ自分がしたいくらいです。
だからこそ、嫌がる仕事ほど人は感謝しやすいですし、楽しそうなことほど自分がしたいのです。
介護の場合で言えば、オムツ交換などは家族関係でもしたがらない人がいます。
自分の親や配偶者でさえ、できれば誰かに代わって欲しいと思うのです。
逆に介護が必要になった人はどうでしょうか。
加齢などでできなくなり、「誰かがしてくれたら」と思っているはずです。
そんな時に、誰かが代わりに「できないこと」だけしてくれたら助かります。
もちろん、家族ならもっと嬉しいことですが、介護士の場合も同様に感じてくれるでしょう。
そこに、「良いことしたでしょう!」とか、「感謝して欲しい」という雰囲気を出してしまうと、相手だって素直に喜べません。
サラッと手助けするくらいが丁度良いのです。
それくらいなら、相手も気を使いませんし、「ありがとう」と言いやすいからです。
介護士の場合はどうか?
介護現場では、利用者からの場合と同僚からの場合があります。
特に同僚からの場合には、荷の重い作業ほど、率先してこなして欲しいはずです。
中には荷の重さに協力してくれる人もいますが、それは稀だと思う方がいいでしょう。
なぜなら、「大変なことをしているんだ!」という意思が相手に伝わり、頑張ったのに喜んでもらえないからです。
一見するとそんな働き方は、「損」しているように感じるかもしれません。
しかし、これまでの経験で言えば、人が嫌がる仕事を率先できるのは「人の役に立てること」を理解した人だけです。
もう少し言い換えれば、美味しい話には飛びつけても、確実に自分も相手も得になる働き方は簡単には真似できません。
率先して頑張るからこそ、人は困った時に快く手を貸してくれます。
もちろん、逃げたりその場を離れてしまう人もいるでしょう。
しかし、そんな人は、どこまで行っても「役立つ」を理解できないので、深く関わらなければ良いのです。
「どういたしまして」と軽く答え、見返りを求めないことです。
「人のために」が「自分のために」に変わる時!?
ある時、自分のことを知らない人から、「支持」される時が来ます。
「なんだか良さそう」と、明確な理由もないけれど、気づけば人が集まってくれているのです。
良い人になろうとしても、途中で「あれは計算だよ!」と実は腹黒部分がバレてしまうでしょう。
しかし、人の役に立てることを続けられたら、それがいつの間にか「自分の助けてくれる力」に変わります。
何かを始めて上手く行かないと感じた時は、小手先で上手くできるコツを探すよりも、誰かの役に立つようにしてみると良いのです。
結局は、そうした時にこそ越えられなかった「壁」を突破でき、夢が近づきます。
つまり、できることなら誰かの為に働きましょう!
でもそれが簡単ではないのは、誰かの役に立ちたいと思ったからこそ分かることです。
少し意識を変えることから始めてみませんか?