介護を「している意識」と「させてもらう意識」

利用者目線で感じたこと


中高年からの転職で最も困難なことは「年齢」です。

特に新しい会社で上司の方が若いとなれば、自分は気にしていないつもりでも、扱い難い存在かも知れません。

まして、未経験の業界となれば、一から教えてもらうことになるでしょう。

どうしても、「年齢の壁」を感じることになるのです。

こみちの場合、未経験から介護士なりました。

オムツ交換もしたことがなかった状態だったので、本当にできるのか戸惑いもありました。

その時、教えてくれた先輩の多くが同年代から上の年代で、「年齢の壁」を感じることも少なかったです。

もちろん、こみちよりも若い先輩達もいたのですが、適当な「距離感」を保ってくれて、精神的な負担も少なった気がします。

何より、利用者の多くが温かく迎えてくれたことで、今も介護士を続けられていると感じます。

「疲れているんじゃないの?」

「コレ、食べなさいよ!」

親世代でもある利用者は、近づいたこみちに何かと優しい言葉を掛けてくれます。

とてもはっきりしていることですが、利用者は施設内で起こっていることをよく知っています。

それは介護士同士の関係や個々の介護士悩み、想いも含めてです。

というのも、利用者がフロアにいる時はテレビや新聞を見ていますが、周りで動き回る介護士の様子も観察しています。

無表情で淡々と仕事をしている介護士や、ため息をつく介護士をしっかりと見ているのです。

「〇〇さん、お茶ですよ」

利用者に接する時だけ笑顔を作っても、それが作り笑顔なことくらいバレバレです。

ある日に行われたレクリエーションの後、車イスを使う利用者たちを順番に自室まで送り届けます。

「今日は、こみちさんがしなかったのね」

「司会役は順番制なんです」

「あらそうなの…」

実は最近のレクリエーション、こみちが勤務日の時は司会役が回ってきます。

利用者のストレス解消や気分転換でもあるレクリエーションなので、介護士は気合を入れて頑張らなければいけません。

そのためには、慣れやコツもあって、こみちに当番が回ってくることが多くなりました。

きっとこみちの司会が他の介護士よりも上手い訳ではないでしょう。

しかし一つ言えるのは、こみちが司会している時、集まってくれた利用者たちの視線が集まり、大きな塊のような感覚になります。

「これからレクリエーションを始めます。今回、担当しますのは、こみちです」

一礼すると、利用者たちの温かい笑顔がたくさん見えるのです。

なんだか久しぶりに、先輩の司会役を見たように思いました。

普段はレクリエーションに加わらない介護士達も、先輩の活躍をサポートしています。

「〇〇さん、すぐにでも営業できますネェ!」

気を良くしたのか、先輩介護士はさらにノリノリでレクリエーションを進めます。

こみちはその時、普段なかなか寄り添えない利用者に付き、一緒にレクリエーションを楽しみました。

その時、他の利用者がどんな表情なのかも改めて観察できたのです。

レクリエーションが施設内でも上手だと評判の先輩なので、利用者から笑いもありました。

久しぶりに見て話術の巧みさは、学ぶべきことも多かったです。

ただ気になったのは、先輩介護士が疲れていて、それが利用者目線でよく分かってしまうこと。

利用者からは全部見えてしまうのです。

介護に必要なこと


それは、「心」でしょう。

その気持ちを行動に移す時に、「介護技術」が必要なのです。

以前の記事でも書きましたが、「介護技術」だけを掘り下げると、利用者の満足度ではなく介護士自身の満足度が高まります。

つまり、何のためにその「技」を学ぶのかを忘れてしまうと、利用者との距離が生まれるのです。

最近、こみちにも「ある波」が打ち寄せています。

それは、半年や1年ごとにくる「迷い」です。

介護は人が人にお世話をするので、「心」がなくなると仕事になりません。

たとえ介護技術が上手でも心がなければ、利用者の表情を見ればはっきり現れます。

こみち自身が迷いはじめ、段々と利用者の前に立てなくなって来ました。

だからといって、今すぐに何かはじめつもりもないのですが、「苦しい」状況に変わりはありません。

その意味では「介護がなんたるかを知って来た」証でしょう。